483話
翌朝、客間で目を覚ました雄太と鈴掛は、ググ〜っと体を伸ばした後、布団から抜け出した。
「あ〜。この寝起きのスッキリ感は、やっぱり春香ちゃんのマッサージのおかげだな」
「分かります? 春香のマッサージを受けた翌朝は違うんですよね」
二人揃って軽くストレッチをする。
(そんなに長くマッサージしてもらった訳じゃないのに……。さすが、春香ちゃんだ)
筋肉の伸びや体の動きが軽い気がして、隣でストレッチをしている雄太がうらやましく思える。
仕事への理解があり楽しくサポートをしている妻を娶った、才能もあり努力を惜しまない後輩。
「じゃあ、上にいきましょうか?」
「ああ」
二人がリビングのドアを開けると、キッチンで朝食を作っている春香がニッコリと笑いながら声をかけてくる。
「おはよう、雄太くん。鈴掛さん、よく眠れました?」
「ああ。爆睡したよ」
「良かった。朝ご飯出来てますよ」
「ありがとう」
ダイニングテーブルの上には、人数分の箸と焼き魚や肉じゃがなどが置かれていた。
春香が味噌汁を椀に注ぎカウンターの上に置くと、当たり前のように雄太がテーブルに置いていく。
「鈴掛さん、座ってくださいよ?」
「ああ」
立ち尽くして見ていた鈴掛が座ると、春香が炊きたてご飯を目の前に置いてくれる。
「ありがとう、春香ちゃん」
「遠慮しないでくださいね?」
「分かってるよ」
色んな料理が所狭しと並んでいる。
(斤量を考えた野菜が多めのメニュー……。量は多くはないけど、品数は多い……。こんな表現が合っているか分からないけど、食を楽しめる……って感じだな。こんな早朝から、ちゃんと料理をして……)
春香は、端に座りホットミルクをゆっくりと飲んでいる。凱央は、まだ寝ているのか、春香の部屋のドアが少し開いていた。
鈴掛は豚汁を飲み、ホッと息を吐いた。
(温かな朝食……。温かな雰囲気……。雄太の努力だけでなく、これがあるから雄太は頑張れるんだな……)
鈴掛は、普段と違うゆったりとした時間の流れを感じながら朝食を食べ進めた。
「鈴掛さぁ〜ん」
「ん? どうした、梅野」
調教終わりに、慎一郎の厩舎に向かって歩いていた鈴掛を梅野が呼び止めた。
「ちょっと教えて欲しいんですよぉ〜」
「え? あ〜。未勝利のあいつか?」
鈴掛が乗っていた馬を乗り替わりで梅野が乗る事になっていたのだ。
「もしかして、砂かぶるの嫌がりますぅ〜?」
「そうなんだよな。多少なら良いんだけど、バッサバサかぶると嫌がるんだよ」
月曜日、鈴掛と純也が寮に帰ってきたのは見ていたが、その後に鈴掛が荷物を手に雄太と出ていったのを呆然と見ていたのだ。
その時の鈴掛の表情が、今まで見た事がないような暗さと固さで、その場で訊ねる事が出来ずにいた。
(鈴掛さん……? 何が……あった? 確か、日曜日のレース終わりに娘さんと会うって言ってたよな……?)
何かあったのだと感じた梅野は、純也の部屋に行った。
部屋の主である純也も難しい表情をしていた。
「あ……梅野さん……」
「純也、何があった?」
「実は……」
真面目な顔で訊ねると、純也はポツポツと話し始めた。
「成る程なぁ……」
「やっぱ、ショックっすよね……?」
まだ様子見をしていても良いかと思っていた状況が、まるでジェットコースターのように勢いをつけて動いてしまったのだ。
「そりゃそうだろうなぁ……。けど、お前が気に病む事はないんだぜぇ〜?」
「鈴掛さんも、そうは言ってくれたっすけど……。何か他にやりようがあったんじゃないかなって思ったんすよ……」
「仕方ないって事もあるさぁ〜。大丈夫だぞぉ〜? 雄太がフォローしてくれるみたいだしなぁ〜」
さっき見た事を話した。純也は、雄太と春香なら大丈夫だとホッと息を吐いた。
(鈴掛さん、やっぱり雄太と春香さんに癒されたんだなぁ〜)
声をかけた時から、思ってた以上に明るく話す鈴掛に、梅野はホッとしていた。




