480話
動揺を上手く隠しながら純也は更に訊ねる。
「お小遣いって、いくらもらったの?」
「一回会ったら二万円。今のパパは、月に三千円しかくれないんだもん。それだけじゃ遊びに行けないじゃない?」
鈴掛は慎一郎の助言で公正証書を作ったと言っていた。
『言った言わないでゴチャゴチャするのは鈴掛の騎乗に影響が出るからな』
その中には、養育費は再婚するまでと言うのがあったのを雄太は覚えていた。
(だから、さっき鈴掛って言いよどんだんだ……。おそらく苗字を偽るように言われて……)
「結婚は、私が二歳か三歳だったかな? 私は覚えてないけど、お婆ちゃんが言ってたよ。私にしたら、今のパパがパパ。お小遣いの為に仕方なくパパって言ってるだけ。塩崎さんに会わせてくれたのは嬉しかったけど」
ガタンッ‼
雄太達が座っているボックス席の後ろから、大きな音がした。
振り返ると切なげな表情をした鈴掛が立っていた。
「鈴掛さん……」
「え? あ……」
「美代……。今……言ってたのは本当か……?」
雄太達の言葉は耳に入っていないのだろう。鈴掛は美代をジッと見ていた。
「本当だよ。だって、パパが悪いんじゃない。ママの事も私の事も放っておいて、好きにしてたんでしょ? 女の人の所に行って帰ってこなかったりして。お金がなかったから、お婆ちゃんの家に行かなきゃいけなかったって聞いたもん。ずっと放っておいて、今更会いたいとか勝手な事ばっか言うパパなんて嫌いよ。大嫌い。お小遣いもらえなきゃ会わなかったもん」
美代の言葉に、ボックス席の間仕切りを持った鈴掛の手が震えた。
「お前はっ‼」
「鈴掛さん、駄目ですっ‼」
鈴掛の言葉を遮り、雄太が立ち上がり制した。
鈴掛の目に浮かぶのは怒りと絶望。
雄太はゆっくりと首を横に振り、ギュッと目を閉じた鈴掛は元いた席に崩れるように腰掛けた。
「……純也……。悪いけど……」
「分かってるっす。……美代ちゃん、行こう」
蚊の鳴くような震え声を絞り出した鈴掛に、純也は頷き美代を店の外に連れ出した。
美代は振り返る事もなく、純也と共に店を後にした。
「……俺は……何をしてきたんだろうな……。元嫁の言葉を疑いもせず……。金を出す事が娘の為だって思い込んで……。離れてても、娘はちゃんと育ってるって……。あんな歳の子が金、金って……」
信じていた現実が、全く違っていた絶望感は計り知れないだろう。
雄太は、鈴掛の前の席に座る。
「鈴掛さん……。正直言って良いですか?」
「雄太……。ああ……」
「鈴掛さんは間違ったんです。無尽蔵に金を渡せば、それが当たり前になってしまうんです。だから、ありがとうも言われなかった……。お嬢さんに本当の事も言わなかった……。それを続けていく事で、お嬢さんの価値感も歪めてしまったんです」
雄太よりもずっと年上の鈴掛に言っても良いものかと悩んでいたが、言いたい放題の美代が普通の女の子から金、金と言う女の子になってしまった現実を雄太自身が悲しくて許せなかった。
そして、そうなった原因の一因が鈴掛にある事を知って欲しかった。
「そう……だな……。俺は……春香ちゃんを見てきたはずなのに……な……。なん……で……」
そう言って、肩を落とした鈴掛は黙って床を見詰めていた。
しばらくして、純也が戻ってきた。憔悴しきっている鈴掛に驚いて、一瞬間があった。
「えっと……美代ちゃん、ちゃんと元奥さんとこに送ってきたっす」
「ありがとうな、純也……」
返事はしたものの、鈴掛は立ち上がる事が出来なかった。
電話や手紙もなかった事にされ、浮気をしていたと言われた事。一人で子育てをしていて苦労していると言われていたから養育費とは別に援助をしていたのに、あっさりと再婚をしていた事。
何よりも大切にしていた娘に『大嫌い』と言われた事が堪えたのだろう。
雄太にも純也も理解出来ない程のショックだろうと思い、黙って鈴掛を促し店を出て、宿泊予定のホテルへタクシーで向かった。




