478話
14日に阪神で三勝をあげた雄太は、翌日は中山での騎乗がある為に新幹線で向かっていた。
中山競馬場の調整ルームで、純也が待っていてくれた。
移動疲れもあるからと、部屋にいって休もうと考えながら並んで歩いていると、純也が小声で話す。
「雄太、明日は良いんだよな?」
「ああ。春香には泊まってくるからって言ってあるから大丈夫だ。終電に間に合わないかも知れないしな」
「サンキュ。春さんに淋しい思いさせるよな」
申し訳なさそうな顔で言う純也の背中をポンと叩く。
「鈴掛さん絡みだし、納得してくれてたよ」
「そっか。んじゃ、部屋に行ってゴロゴロしようぜ」
「……自分の部屋で寝ろよ……?」
「ゆうたん、冷たい〜」
「ヤメロ」
相変わらずな純也に苦笑いを浮かべながら、二人は雄太の部屋へ向かった。
「そう言えば、鈴掛さんのお嬢さんって、どんな感じなんだ?」
「あ〜。雄太は会った事ないんだもんな」
「ああ」
「ん〜。普通……だな。良くも悪くも普通。見た目は、言っちゃワリィけど元嫁似かな」
男臭い感じの鈴掛に似ていたら、女の子は可哀想かも知れないと、憎まれ口を叩く純也だが、雄太は冷静にドアのほうを見た。
「ソル……。今、ドア開けて鈴掛さんが入ってきたら……」
「うぉっ⁉ ……やめてくれよぉ……」
純也が、いつも通り布団を雄太の部屋に運んでいる時、鈴掛はサウナに入ると言っていた。
しばらくは出てこないだろうと言っていたが、話に夢中で今の時間が分からなかった純也は焦った。
「ははは、悪い悪い。んで?」
「ああ。何度か会ったけど、まだ突っ込んだ事は訊けてないんだよな。だってよぉ、いくらファンでもプライベートな事を訊かれたりしたら警戒するだろ?」
「確かにな」
雄太は缶コーヒーを一口飲んだ。
「後、若いって言うには若過ぎる女の子と二人っきりってのがスキャンダルになったらヤバいだろって、鈴掛さんと三人でいる事が多いからさ」
「あ〜。さすがに鈴掛さんの前じゃ訊けないもんな」
「だろ? だからほぼほぼ訊けてねぇ」
純也は小さく息を吐いて、手にした缶コーヒーを見詰めた。
「今回はさ、鈴掛さん会議あるって言うから会うのやめとこうかって思ったんだけど、美代ちゃん……あ、彼女の名前な?」
「え? あ、うん」
「美代ちゃんが、どうしてもって事らしくてな。何でかは、分かんねぇ」
「うん……」
十代の女の子の気持ちなど、雄太と純也には理解が出来る訳もなかった。
翌15日。
皐月賞に出場した雄太だったが、結果は十二着と結果はふるわなかった。
純也も一勝と勝ち鞍は少なかったが、負けを引き摺る事は良くないと言う事が身に付いた二人は、風呂に入り気持ちを切り替えた。
その後、雄太と純也はタクシーに乗って待ち合わせをしているファミレスに向かっていた。
「鈴掛さん、会議早目に終わると良いんだけどな」
「ん〜。この前は八時近かったからなぁ〜」
「あ〜。じゃあ、マジで終電無理っぽいな」
「鈴掛さん、ホテル押さえておいてくれてるから、とりあえず飯食ったらホテルに行こうぜ」
「ああ」
そんな話をしていると目的地のファミレスに着いた。
タクシーを降りるとファミレスの前に肩につくぐらいの髪でピンクのコートを着た女の子が立っていた。
「あ、塩崎さん」
「あれ? 美代ちゃん、早かったね」
(あの子が……)
雄太は、純也に笑顔を向ける女の子を見た。確かに鈴掛に見せてもらった写真の面影はある。
「今日は、鈴掛さんが遅くなりそうだって事で、俺の友達が一緒なんだ」
「はじめまして。鷹羽雄太です」
純也が言うと雄太にペコリと頭を下げた。
「……鈴掛美代です」
(ん? 今の間は……何だ?)
名乗る時、一瞬変な間があったような気がした雄太は、純也と美代の後ろを歩きながら店に入った。
(鈴掛……美代……。何だろう……。何か引っかかっる……。何だ? この違和感……)
純也達が話しているのを聞いていても、その違和感は拭えなかった。




