477話
水曜日から、慎一郎と理保は夕方になると、雄太達の家にやってきた。
「工事は、どんな感じ?」
「ん? 今日は、そんなに進んだ感じはなかったんじゃないか? まぁ、状況把握からだろうしな」
風呂を終えた慎一郎はソファーに座るとお茶を一口飲んだ。
「本当に遠慮したりしてなくて安心したよ。変に安いのとかしても意味ないしさ」
「納得しない物を妥協して選んで、やり換えたりするのも手間だしな。お前だけならまたしも、春香さんに申し訳ないだろ?」
慎一郎達がどんな物を選んだりしたかは、リフォーム会社から連絡をもらっていた。
数日前に、最終決定した資料を送ってもらっていた。
「うん。良い物を選んでくれたみたいだな」
「良かった。遠慮なってたりしたら、どうしようかと思ってたんだよね」
「安いの選ばれてたら、勝手にグレードアップしてやろうかと思ってたんだけどな」
「雄太くんたら」
浴槽や壁や床、手摺りなど吟味に吟味を重ねたようだった。
おおよその金額も書いてあった。万が一、何か補強工事などがあったらやってくれて構わないと連絡を入れていた。
「ふぅ。やっぱり、広いお風呂って良いわね」
「お義母さん、冷たいお茶どうぞ」
「ありがとう、春香さん」
理保はソファーに座り、お茶を飲んだ。
「もう直ぐ、夕飯が出来ますから、ゆっくりなさってください」
「え? 良いの?」
「はい。あ、もしかしてご準備してらっしゃいました?」
夕飯を一緒にと伝えていなかったのを春香は思い出した。
「下拵えしただけだらか、明日にまわすわ」
「すみません。お伝えしておけば良かったですね」
「ふふふ。ありがとう。春香さんの手料理をいただけて喜ぶのは……ね」
そう言って理保はチラリと慎一郎に視線をやる。
「ん? 何だ?」
「春香さんが、夕飯を食べていってくたさいって」
「おお。そうか、そうか」
優しい笑顔を浮かべる慎一郎を見ていると、歳を重ねた雄太を見ているようだと春香は思った。
「そうそう。春香さん、訊きたい事があるのよ」
「はい?」
「脱衣所から出た向かい側の奥の扉って、あれは何なの?」
「あ〜。あれ、エレベーターなんです」
「エレベーター?」
コップを手にした理保の目が丸くなる。
「あれ? 家が建った時に説明してなかったっけ?」
「聞いてないわ。自由に見てって言われて、見て歩いただけよ」
「そうだっけか。地下のコレクションルームで宴会したりする時に、食べ物や飲み物を運ぶのって階段だと大変だろ? だから設置してもらったんだよ」
コレクションルームで飲み会をしたりすると、階段の昇り降りが大変だろうと設置したホームエレベーターは、春香への気遣いの表れだった。
「まぁ、あっちゃ困るけど、足を怪我したりした時にも便利だしさ」
照れ隠しのように雄太は言うが、慎一郎も理保も春香の負担を減らしたかったのだというのは分かっていた。
「あら、このお豆腐美味しいわね」
「うん。美味いな」
「これ、俺が好きなんだよ」
春香とデートをしていた時にたまたま見つけた小さな手作り豆腐の店。
豆腐や大きな油揚げ、豆腐を使ったお惣菜が並ぶ店内で、雄太が気になった豆腐だった。
「おぼろ豆腐……?」
「形に入れて水分をきって固めていない豆腐……だって」
二人で食い入るように眺めていると店主が詳しく説明をしてくれた。
ものは試しと買い求め、食べてみて豆の旨味と口当たりの良さに感動をして、雄太のお気に入りの一品となっていた。
「醤油で食べても美味いけど、岩塩を振って食べても美味いんだ」
「ほう、岩塩か」
「食べてみる?」
「ああ」
雄太は、立ち上がろうとした春香を笑顔で制し、冷蔵庫へ向かうと器に入っているおぼろ豆腐を小鉢に掬い入れた。そして、調味料置きから岩塩を手にテーブルに戻った。
慎一郎も理保も、自然に自ら動く雄太にも、当たり前のように夕飯を準備して振る舞ってくれる春香は本当に良い夫婦になったなと嬉しく思いながら見ていた。




