475 話
4月2日(月曜日)
凱央のお食い初めの日。
何日も前から、直樹や慎一郎はどこか料理屋かホテルでやらないかと色々と提案したが、雄太が家でやりたいと言った。
「家でか?」
「ああ。俺と春香が考えた家で、凱央との思い出を残して行きたいんだ」
「そうか。お前が決めたのなら、そうすると良い」
「ありがとう、父さん。でさ、父さんが前に美味いって言ってた料理屋って仕出し出来るかな?」
雄太は調教終わりに、慎一郎の厩舎に顔を出して相談をしていた。
「ああ、あそこか。味付けも良いし、お食い初め用にも良さそうだと思うぞ。仕出しは……訊いてみないと分からんな」
「そっか。じゃあ、問い合わせしてみるよ」
食にうるさい慎一郎の贔屓なら間違いはないだろうと思った雄太は、帰宅後に料理屋に問い合わせをした。
「はい。4月2日にお願いしたいのですが」
慎一郎の名前を出すまでもなく『鷹羽雄太』と言うだけで、店側は快く引き受けてくれた。
メニューは、お食い初め用の物と祝い膳用を注文した。
「凱央、良い子にしてたか?」
先に着いた直樹は、久し振りに会う孫にデレデレしていた。
「あ、お義父さん。フィルム使い切りたいんで、そのまま抱っこしていてください」
「お? 良いぞ。あ、里美も一緒に」
「ええ」
途中でフィルムの入れ替えをしたくないからと、雄太は直樹達の写真を撮った。
しばらくして慎一郎と理保が到着し、四人で凱央をかまいはじめた。
「あれ放っておいたら、何時間もやってんだろうな」
「凱央が寝ても見てそうだね」
「そんな気がするぞ……」
「まぁ、凱央は任せておいて、お食い初めの準備しちゃおう」
「だな」
立派な尾頭付きの鯛、赤飯、吸い物、煮物、香の物。
お食い初め用の塗物の食器を買おうかとも思ったのだが、あとあと使わないだろうしと、離乳期以降も使うプラスチック製の物を買ったのだ。
料理屋にもそう伝えていて、凱央の分はタッパに入れてもらっておいた。それを、洗っておいた食器類に盛りつけていく。
「鯛の尾頭付きは凱央の食器には無理だし、料理屋さんのこのお皿のままだよな?」
「うん。美味しそうだよね」
「とりあえず料理の写真撮っておくな?」
「あ、お願いね」
お客様用の大きな盆に、一つずつ料理を並べていく。
盆の向こう側に鯛の焼き物を置いて写真に収める。
「よし。じゃあ、始めようか?」
「うん」
まだ一人で椅子に座れない凱央を春香が抱っこをしてリビングの床に座る。
凱央は、目の前に置かれた食べ物に興味津々だった。
「アゥ、ダァ……」
「凱央、触っちゃ駄目だよ」
「ウバゥ……」
凱央は、小さな手で抱っこしている春香の手をペチペチと叩く。
「もしかして料理の匂いにつられてるんじゃないのか?」
「そうじゃない?」
直樹と里美がクスクスと笑う。
「雄太も飯の時間にはこんなだったな」
「そうですね」
食べさせる役を任された慎一郎が言うと理保が笑いながら答えた。
「お……俺ぇ〜っ⁉ 俺、こんなだった……?」
「ええ。離乳期に入る前から、お味噌汁の上澄みとか、大根の煮物の欠片とかを食べてたのよ? あげないと大泣きした時もあったわね」
「えぇ……。マジかぁ……」
春香は、理保の言葉を聞いて、カメラを構えていた雄太をジィ〜っと見詰めた。
「雄太くん、そんなに食いしん坊だったんだ……」
「え? い……いや……、そんなの覚えてないし」
慌てる雄太がおかしくて、皆クスクスと笑っていた。
直樹と里美は、そんな頃の春香を見たかったなと思っていた。
(こんなに可愛い時期があったのに、春香の親達は……)
(春香のこんな時期は見られなかったけれど、代わりに凱央を見られて嬉しいわね)
直樹と里美が見る事がなかった乳幼児期の春香も、きっと可愛かっただろうと想像をする。
これからの凱央の成長に、春香を重ねていけば良いのだと二人は思って、春香の手をペチペチと叩いている凱央を見詰めた。




