474話
阪神競馬場から戻った雄太を、玄関で出迎えた春香は思いっきり抱き締めた。
(春香……春香……。心配かけて……嫌な思いもさせて……ごめん……。言葉にしたら気にするから言わないけど……)
「おめでとう、雄太くん」
「ありがとう」
雄太は、縋りつくように体を抱いてくる春香をしっかりと抱き締め返す。
「格好良かったよ、雄太くん。カームも」
「ああ。久し振りに春香に格好良いってところ見せられたよな」
「うん。いつも格好良いけどね」
薄っすらと涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべ見上げる春香にキスをする。
(……俺が勝った事を喜んでくれる春香が好きだ……。俺の無事を祈って喜んでくれる春香が大好きだ……。春香は俺のエネルギーなんだ……。誰が何と言おうとも、春香がいるから頑張れるんだ……)
お互いの体温を感じ、お互いの思いを感じる。唇を離し、もう一度しっかりと抱き締める。
「ちゃんと色紙の準備してあるからね」
「ああ」
「改めて、おめでとう」
「ありがとう」
ダイニングテーブルの上に並んだ雄太の好物の数々が、春香の気持ちを表しているようだった。
「今日はね、凱央と一緒にテレビ見てたの」
「凱央も見ててくれたんだな」
「うん。凱央ね、雄太くんとカームが走ってるの見て大はしゃぎしてたよ」
「えぇ〜っ⁉」
「私もビックリしちゃった。ヘルメット被って、ゴーグルしてたらパパだって分からないって思ったんだけどね」
その凱央は、はしゃぎ疲れたのかスヤスヤとダイニングテーブルの横に持ってきたベビーベッドで寝ている。
「俺だってわかったのかな……? 馬を見てはしゃいでた……とか?」
「どっちなんだろうね? でも、すごく楽しそうだったよ」
「楽しそうなら良いか」
一般的な家庭だと、乳幼児が競馬を見て喜ぶのは好ましくはないだろう。
だが、雄太は騎手。祖父である慎一郎は調教師。その血が繋がっている凱央が競馬に興味があってもおかしくない。
(ん〜。凱央は一歳にもなっていないのだから、どうなんだろ……? 父さんが聞いたら大喜びしそうだけど……)
ゆっくりと食事をし、雄太は春香の準備した色紙にサインをし始めた。
「えっと……1990年4月1日……」
「あ」
「どうした?」
「今日、エイプリルフールだった」
「へ? あ、ああ。確かにそうだったな」
春香は少し考えて、雄太を見上げた。
「何か嘘言おうと思ったんだけど、エイプリルフールって午前中にしか嘘吐いちゃいけないしなぁ〜」
「そうなんだ?」
「私も知らなかったの。午前中に嘘吐いて、午後にネタバラしするんだって」
「へぇ〜」
笑いながら春香を見る。そして、想像をして吹き出してしまった。
「プッ」
「え? 何で笑うのぉ〜?」
「だ……だって……春香は嘘吐くの下手だから、直ぐバレるよなって思ったら……」
「んん〜。何か悔しい」
「ははは」
雄太は笑いながら、サラサラとサインを書いた。
「ありがとう、雄太くん」
「どういたしまして」
書いてもらったサインを大切そうに抱き締めた春香は、雄太に勝利のキスを贈る。
普段のキスとは違うキスに、やはり嬉しくなる。
「もっともっと祝福のキス贈ってもらえるようにならないとな」
「ん? やっぱりキス嬉しい?」
「めちゃくちゃ嬉しい。春香からキスしてもらえる上に、おめでとうのキスなんだから最高に嬉しい」
春香はクルンとした目で雄太を見上げて、背伸びをしてキスをした。
「え? 何のキス?」
「……キスしたくなったからしたキス」
雄太は照れくさそうに笑う春香をヒョイと抱き上げた。
「ふわぁっ⁉」
「この体勢でキスして欲しいんだけど」
普段と違う目線だと、何か照れくさい感じがしていると言うのが、春香の頬の赤さで分かる。
雄太はニッと笑って目を閉じた。
「え……んと……うん……」
雄太の肩に手を乗せて、唇を合わせる。
キスの後ジッと見つめ合い、久し振りの重賞の勝利の余韻を味わいまくった雄太だった。




