473話
4月1日(日曜日)
阪神競馬場 11R 第34回産經大阪杯 G2 15:45発走 芝2000m
カームは九頭立ての一番人気だった。
パドックでもカームは落ち着いていた。気合いは入っているが、入り過ぎている訳ではない。返し馬でも落ち着いていた。
「カーム、頑張ろうな? 斤量は最重量だけど、お前なら大丈夫だぞ」
ゲートに入る前も他馬を気にする事なく、春香に甘えている姿からは想像も出来ないキリッとしている相棒の首筋を雄太はポンポンと叩いた。
春香はリビングのソファーで凱央を抱っこしながら、テレビを見ていた。
パドックを歩いているカームと控え室から出て礼をして騎乗する雄太の姿を真剣な顔で見詰める。
(雄太くん……頑張ってね? 雄太くんなら出来るよ。誰が何と言ったって、雄太くんは日本一になれるって信じてる)
雄太が勝てないのは私生活に問題があるのではと言う記事が出た時は、全身の血が引いた気がした。
また、自分の存在が雄太の足枷になるのではと言う考えが頭をよぎり、何度も何度も読み返した後、手が震えた。
(私は……。ううん、駄目。私は自分で雄太くんと一緒にいるって決めたの。だから、こんな事を書かれたぐらいじゃ負けない)
そう思ったが、やはり気にはなった。だから、雄太の前では平気な振りをした。スランプで悩んでいた姿を見ていたから心配をかけたくなかったのだ。
だが、春香の気持ちは雄太には見抜かれていたと感じていた。
(雄太くんは優しい……。強くて優しい……。私、もっともっと強くならなきゃ)
まだまだ強さが足りないと思う。
(強くなりきれてない私だけど、今日も精一杯応援するね。私に出来る事をする。私にしか出来ない事があるよね)
輪乗りを終えた馬達が順番にゲートに入っていく。落ち着いて他馬がゲートに入るのを待っているカームは、綺麗なスタートをきった。
二番手につけたカームは、のびのびと脚を運んでいた。
(カーム……。本当に調子が良いんだぁ〜。すごく楽しそうに走っている)
500キログラムを超える大きな体なのに、ジャレつき甘えてくる可愛い姿と、他馬より先に先にと走っている雄々しい姿は同じに見えないぐらいだった。
(カーム……。カーム……頑張るんだよ。雄太くんと一緒に……無事に帰ってきてね)
桜の花が咲いている競馬場を駆けていく。
3コーナーを過ぎ、4コーナーを周ってもカームの脚は衰えなかった。
「頑張ってっ‼ カームっ‼ 頑張ってっ‼ 雄太くんっ‼」
「ダァ〜ウキャウ」
春香の声援とともに凱央も手をフリフリしながら声を上げる。
下り坂を利用しグングンと加速をした馬達は直線コースに入った。先頭集団の馬達は横に広がり、その真ん中からカームの姿がグンと前に出た。
大きな歓声が上がり、それに後押しされるように、追いすがる馬と壮絶な叩き合いを制し、カームは一着でゴール板を駆け抜けた。
(ゆ……雄太くんが……勝った……。カームと一緒に……)
画面を見詰めていた春香の頬に涙が伝う。
「アゥ……ウバァ……」
「凱央……。パパ勝ったよ。カームと一緒に一着だよ。パパ、すごいね」
どれだけの間、重賞を勝てなくて悔しい思いをしていただろうと思うと涙は止まらず、話しかける声が微かに震える。
(私より……ずっとずっと悔しい思いしてたよね……。それなのに、雄太くんは私を気遣ってくれてた……。ありがとう、雄太くん……。大好き……)
後検量を終えた雄太を純也と梅野が笑って待っていてくれた。
「おめでとう、雄太」
「良いレースだったぜぇ〜」
勝てない辛さも、スランプの苦しさも知っている二人の祝福の言葉が嬉しかった。
「やっぱり……勝てるのは気持ち良いですね」
ニッと笑って雄太は答えた。
「だよな」
純也は親指を立てながら、満面の笑みで答える。
「ほら、最終レース、行くぞぉ〜」
「はい」
「ういっす」
三人は最終レースに出る為の準備に歩き出した。




