469話
土曜日、阪神競馬場で二勝をあげた雄太は、同じく二勝した純也と共に中山競馬場へ移動する為に新幹線に乗り込んだ。
並んで席に座り、一息吐く。
「今日も疲れたな」
「ああ。けど二人共二勝出来たし上々だな、雄太」
「だよな」
雄太は買ったばかりの缶コーヒーのプルタブを開けた。
純也は、腹の虫が大合唱をしているのでと弁当を買っていた。
「あ、そう言えば、鈴掛さんの娘さんとは会ったのか? 予定が合ったら会うって言ってたろ?」
「ん? ああ。雄太には報告してなかったよな」
「聞いてないな。どんな感じだった?」
純也の言い方から判断すると、同じ寮に住んでいる梅野には話したのだろう。
買った駅弁を二つ見比べ、ハンバーグ弁当か唐揚げ弁当か、どちらを先に食べようかと悩みながら純也は答えた。
「ん〜。まだ、あんま分かんねぇって感じだな。見た感じは、普通の女の子って感じなんだ。ただ……」
「ただ? 何だよ?」
純也は、唐揚げ弁当の紐を解きながら、小さく溜め息を吐いた。
「鈴掛さんを見る時の目がスゲェ冷たいって思ったんだよな」
「冷たい?」
「初めて会った時、チラッと鈴掛さんを見ただけで、それ以降は俺にしか視線が向いてねぇんだよ。ファミレスで食事したんだけど、鈴掛さんが話しかけても、視線を向けもしないで『うん』とか『まぁ』とか生返事だけでさ」
雄太の胸に嫌な予感が広がる。
(やっぱり……金づるとしか思ってないのか……?)
「俺が話しかけた時は、ちゃんと話すんだぜ。ほら、雄太と一緒に出たバラエティー番組あったろ? その時の話とか色々と訊いてくるから、俺のファンってのは嘘じゃないとは思うんだけどな」
まだ十代の女の子だから、ファンである純也以外には興味がないとか、父親を疎ましく思う年頃だとか言う理由もあるかも知れない。
「本当に父親が疎ましいなら、その父親と同じ職業の俺のファンって変じゃね? って思っちまったんだよな。マジで鈴掛さんが嫌いなら、俺のファンにはならねぇって思うし……。けどさ、やっぱり冷たいって感じがしてさ」
「それは……見てて良い気分じゃないよな」
純也はお茶を飲み、フゥと息を吐く。
「キャラ物のサイン帳を持って来てて、サイン欲しがったから書いてやったら、マジ嬉しそうにしてたんだよな。けど、鈴掛さんには冷たくてさ。何か、よく分かんねぇって感じなんだ」
「ソルのサインかぁ……。良い学校に行ってる子が騎手のサイン……なぁ……。友達に見せても誰のサイン? とか言われそうだよな」
十代前半の女の子に認知されている騎手がいるだろうかと考えてみる。
「梅野さんのファンでも、十代後半だろ? メインは二十代だし。俺、よく分かんなくなってんだよな」
「まぁ、人の気持ちなんて100%理解は出来ないだろうしな」
雄太は缶コーヒーを一口飲んだ。
(ずっと会っていなかった父親に会って、どう言う風に接して良いか分からない……って感じだったら良いんだけど……)
本当に金目当てだったら、わざわざ会わないのではないかと言う気持ちもある。
(月に30万円……。そりゃ鈴掛さんクラスの騎手なら大した金額じゃないかも知れないけど……)
鈴掛が関東での騎乗を優先しているから、それまでより騎乗数が減っているのは確かだ。それでも、重賞などで優勝したり、掲示板入りしているので、賞金は入っている。
だが、このまま関東での騎乗を優先し続けていると、栗東での信頼関係が崩れていくのではないかと、雄太達は危惧していた。
「焦って突っ込んで訊く事は、まだ先になるかもな。本音を訊き出すには、まだ日が浅いしさ」
そう言うと、純也は止まっていた手を動かし始め弁当を食べ出した。
「そうだな。確かに、ある程度関係を築いてからじゃないと……な」
「だろ? もうしばらく、会って話して、それから少しずつ核心を突いていこうかなって思ってんだよ」
「ああ」
父親と上手く付き合えないだけであって欲しいと雄太は思わずにはいられなかった。




