462話
3月5日(月曜日)
11時少し前。梅野はアルバムを届けに雄太の自宅を訪れた。
梅野は敷地内には入らず、門扉前で後部座席に置いてあった紙袋を雄太に差し出した。
「これがアルバムなぁ〜。で、こっちが引き伸ばしたヤツぅ〜。良い感じの額に入れてもらってあるからぁ〜」
「ありがとうございます、梅野さん」
雄太はペコリと頭を下げて紙袋を受け取った。春香は、ベビーカーのハンドルをしっかり持ちながらニコニコと笑っていた。
「ありがとうございました、梅野さん」
「俺も、可愛い凱央の一大イベントに参加させてもらえて嬉しかったからさぁ〜」
「そう言ってもらえて良かったです。あの、これからお水を汲みに行かれるんですよね? 大した物ではないですけど、良かったら食べてください」
春香は、そう言ってベビーカーフックに吊るしていた小さなビニール袋を差し出した。
「え?」
「中華おこわのおにぎりです。お口に合うと良いんですけど」
「あぁ〜。雄太が好物だって言ってたヤツぅ〜?」
梅野の言葉を聞いて、春香は雄太を見上げた。
「えっと……そうですけどぉ……。雄太くんは、普段から私の作った料理の話をしてるの?」
「え? ああ。昨日作ってもらったヤツが美味かった〜とかな。ガッツリ食いついてくるのは、大抵ソルだけど」
自分の料理を褒められて恥ずかしそうにしている春香を見て、梅野は吹き出した。
「雄太はねぇ〜。春香さんの料理を褒めまくってるよぉ〜。手編みの帽子なんて、これ見よがしにしてたしさぁ〜」
「あはは……」
未だ褒められ慣れていないのか、薄っすらと頬がピンクに染まっている。
「じゃあ、俺行くねぇ〜。春香さん、ありがたくいただくよぉ〜」
「はい。お気をつけて」
梅野は車に乗り込むと、窓を開けて手を振りながら出かけて行った。
昼食を済ませ、雄太はリビングでアルバムを広げた。
パラリパラリとページを捲っていく。
(うわぁ……。これ良い感じだなぁ……)
写真の技術や加工などは全く分からないが、柔らかな日差しが降り注いでいるような加工や縁をぼかしていたりしてある。雄太が選んだ写真なのだが、アルバムになると全く違って見えた。
(凱央が生まれた時の写真とか入れてもらって良かったな)
一度全ページ目を通した雄太は最初のページに戻って、ジックリと眺めた。
一ページ目には、宮参りの日に玄関前で撮った集合写真。二ページ目はマタニティフォトと凱央が生まれた時の写真がある。
大きなお腹をした春香とお腹に手を添えている雄太の写真だ。
生まれたばかりの凱央の写真を見ると、ほんの数ヶ月で成長している事が分かり雄太の目尻が下がる。
写真の下には『1989年12月23日午前1時5分3010g』と書いてある。
そして凱央の小さな手形。直樹が『手形を色紙にとっておきたい』と言ったからだ。
その色紙は額に入れられ、コレクションルームに置いてある。
(小さな小さな手形と生まれたての写真……。父さんも母さんも喜んでくれそうだな)
向かい側のソファーでは、春香が凱央を寝かしつける為に小さな声で子守唄を歌っていた。
凱央は元気に両手をフリフリしていたが、しだいに目元をクシクシと擦りはじめる。
「アゥ……。ファ……」
穏やかな笑顔の春香を見ていると、安らかな気持ちになる。
(母親って言うか……聖母? そんな感じなんだよなぁ〜。こんな感じの顔も好きだな)
冷めてしまったコーヒーを飲み干し、アルバムを閉じた。その音で春香が顔を上げた。
「おかわり?」
「ん? もう良いよ。凱央、寝た?」
「うん。梅野さん見送った後、しばらく外にいて外気浴したからグッスリ」
雄太はスッと立ち上がり、春香の隣に座って、凱央の寝顔を覗き込んだ。
ポヤポヤとした幸せそうな顔は、ずっと見ていられる気がする。
「天使の寝顔だな」
「うん」
何もないこんな日が一番幸せなんだろうなと思いながら春香にキスをした。




