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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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461話


 3月4日(日曜日)


 阪神競馬場での全てのレースを終えた雄太は、新幹線移動だった梅野を乗せて栗東へ向けて車を走らせた。


 土曜日の夜に深刻な感じで話していた梅野だったが、帰りの車の中ではいつも通りだった。


「あ、凱央の宮参りのアルバム、明日に取りにいって持ってくよぉ〜」

「あ、はい。ありがとうございます。昼飯一緒に食いますよね?」

「ん? あぁ〜。嬉しいんだけど、コーヒー用の水を汲みに行くから、また今度にするよぉ〜」


 梅野の好きな水は北部の山のほうだと前に聞いていた。


 水用のポリタンクを持って車で行くのだが、道中の飯が美味い店やコーヒーの美味い店を探すのも楽しいようだった。


「やっぱり、水が良いって重要なんですかね?」

「大事だぞぉ〜。ほら、日本酒とか豆腐って、水の良いところが美味いって言うだろぉ〜?」

「あぁ〜、確かに」


 慎一郎が『美味い日本酒は米も大事だが、水も大事だ。馬も一緒だな。血統の良い馬と調教が上手い調教師の成せる技だ』と話していた事を思い出した。


 どれだけ血統が良い馬だとしても、きちんと競走馬としての調教をしなければならないと、慎一郎はよく話していた。もちろん競走馬としての素質がなかったりすればデビューすら出来ないのだが。


「まぁ、そんな訳だからアルバムは届けるだけにするよぉ〜。飯は、また今度によろしくって、春香さんに言っておいてくれぇ〜」

「はい」


 どんなアルバムが出来たのだろうと雄太はワクワクしていた。写真を見て選ぶ事はしたが、レイアウトなどでも見栄えがするかしないかが変わると梅野が話していたからだ。


「あ、そう言えばさぁ〜」

「何です?」

「水を汲みに行くってので思い出したんだよなぁ〜」


 梅野がニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「雄太さぁ〜。春香さんと初めてする前にゴム買うのに薬局にいた時の事、覚えてるかぁ〜?」

「ブッ‼ な……な……な……」


 雄太は一気に顔に血が上る。きっと、真っ赤な顔になっているだろう。


「お? その反応はしっかり覚えてるんだなぁ〜?」

「……覚えてますってぇ……。梅野さんが、まさかあんなトレセンから離れた薬局にいるなんて思わないじゃないですかぁ……」


 結婚をし子供がいるのだから、今更恥ずかしがる事でもないとは思うのだが、コンドームの箱をジッと見詰めて立ち尽くしていた自分の姿を先輩に見つかると言うのは、『穴があったら入りたい』では済まないぐらいたった。


「だよなぁ〜。お前さ、あの時は春香さんとの事をクソ真面目に考えてたんだろう〜?」

「そりゃ……そうですよ? 俺、春香と付き合うの反対されまくってたし……。そんな状況でデキ婚とかする訳にいかなかったですから……」


 梅野はうんうんと何度も頷く。二十代後半ぐらいならまだしも、当時の雄太は十八歳。さすがにデキ婚はデメリットが大き過ぎると雄太自身も考えていた。


「まぁなぁ〜。でさ、お前、色々テンパり過ぎてて、言っちゃ悪いが面白かったって、今だから言えるんだよなぁ〜」

「酷いですよ〜。俺、真剣だったのに〜」


 面白かったと言われて雄太は苦笑いを浮かべた。


「ははは。まぁ、コーヒー用の水を汲みに行くたびに、あの日の雄太を思い出すんだよなぁ〜」

「無理を承知で言います。忘れてください」


 真面目に答えた雄太に、梅野はゲラゲラと笑う。


 雄太が買えなかったコンドームを買って、誰にも内緒で手渡してくれた梅野。春香の気持ちを考えろと叱ってくれた頼もしく優しい先輩。


 ふとした瞬間に見せる切なさは、きっと今も消えない心の傷があるのだろうと雄太は感じていた。


(もし……もし梅野さんが何かしらの心に抱えるものがあって、俺に出来る事があるのなら、精一杯力を貸そう……。限界を越えると思っても、出来る限り……)


 この先、雄太も悩む事や乗り越えられない事もあるだろう。


 そんな時、笑い上戸で優しく頼もしいイケメンの先輩は、さり気なく……精一杯力になってくれるだろうと思いながら寮へと送り届けた。





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