460話
翌日に中京競馬場で騎乗のある純也は阪神での騎乗を終えると愛知県へと移動した。
鈴掛は両日中山競馬場での騎乗だ。梅野は中山から阪神だ。
雄太は両日とも阪神なので、風呂に入った後、食堂でのんびりとコーヒーを飲みながら、一人で反省会をしていた。
「お、雄太ぁ〜」
「あ、梅野さん。遅かったですね?」
「新幹線が遅延しててさぁ〜。まぁ、寝てたから良いんだけどぉ〜。完璧に目が覚めたら腹減ったの思い出したぜぇ〜」
梅野は、新幹線内で食べようと思って買っていたサンドイッチと缶コーヒーを机に置くと、雄太の前に座り小さく溜め息を吐いた。
(どうしたんだろ? 何か元気がないような……)
梅野は冷えた缶コーヒーのプルタブを開けると一口飲んだ。
「雄太はさ……」
「え? あ、はい」
「自分が情けない……とか、不甲斐ないとか……思った事あるか?」
真面目な顔をしながら訊ねる梅野を雄太はジッと見た。
「……何度もありますよ。競馬の事だけじゃなく、春香の事でも」
「春香さんの事かぁ……。春香さんを助けたくても助けられないって思ってた時とか、元カノの起こした事件の時とかか……?」
「はい。特に春香の実親の事は、ガキの俺にはどうしようもなかったですし」
二十歳を越えた今でも、春香の実親の事は何か出来るとは思えなかった。
春香の実親は、時折『会いにきて欲しい』などと、弁護士を通じて言ってきたが、春香は一蹴していた。
『どうせお金の話しかしてこないのですから会う必要はありません。しかも、今の私は無収入なんですよ? もし、夫の収入があるから……などとあの人達が言っていたとおっしゃったら、弁護士さんであっても、二度と私と対面出来ないと思っていてください』
里帰り出産中に草津のマンションに弁護士が訪れた時、春香はキッパリと言い、年配の弁護士をゲッソリさせていた。
その春香の様子から、未だ春香の実親は春香に援助と言う名の金の無心を続けているのだろうと、凱央の面倒を見ながら思っていた。
梅野は、もう一口コーヒーを飲むと、前に座っている雄太の顔を見た。
「……えっと……な。……あの……俺……のさ、知り合いで親の会社が傾いたからって、援助をしてもらう為に取引先の次期社長って人に嫁いだ人がいてな……」
「え? はい」
少し変な間があったのが気にはなったが、雄太はツッコんではいけない気がした。
「十八歳年上……だったかなぁ……。年の差もあったし、援助してもらう為って事での結婚だから上手くいってないって、地元の友人から聞いてさぁ……。何もしてやれないかなって思ったんだけど思いつかなくて……。俺って力不足だなって……さ」
そう言って溜め息を吐いて、サンドイッチをジッと見た。
「あ……ほら。夫婦って……色んな形があるだろぉ……? 仲良さそうに見えても不仲だったりするしさ。人もさ、人が良さそうなヤツが腹黒のクソだったりさぁ……」
「そう……ですね……」
笑いながら話している梅野の顔が切なさで満たされているように見えた。
「人が口出しする事じゃない……。それは分かってるんだよなぁ……。けどさ、見過ごせないって思う事もあるよなぁ……?」
「そうですね。俺は、春香の事を『見過ごせない』って思いました。でも、何も出来ない自分が不甲斐ないって思っていました。今は『見過ごさなくて良かった』って思ってます」
静かに、力強く言う雄太を見て、梅野はニッと笑った。
「だよなぁ〜? 後悔先に立たずって言うもんなぁ〜?」
「そうですよ。やらずに後悔するぐらいなら、やって後悔するほうが良いです」
グ〜ッと缶コーヒーを飲み干した梅野は、コンっと音を立てて缶を置いた。
「あ、全部飲んじまったぁ〜」
「俺、買ってきますよ」
「え? 良いよぉ〜」
「缶コーヒーぐらいおごらせてくださいよ」
雄太は、梅野の話を何度も思い出しながら缶コーヒーを買い席に戻った。
梅野は後輩のおごりの缶コーヒーを嬉しそうに飲みながら遅い夕食を口にした。




