457話
翌火曜日の調教終わりに、梅野と純也をこっそり自宅に誘った。
「あの……鈴掛さんの事で話しがあるんで、後で家にきてもらっても良いですか?」
「分かったぁ〜。じゃあ、着替えたらいくよぉ〜」
「了解。んじゃ、また後でな」
「と言うのが、春香の疑問なんですよ」
前日、春香と話し合った事を二人に伝えた。二人はリビングのソファーに座って、黙ってきいていた。
「……確かに、タイミング良過ぎ……だよなぁ……」
「ですが、たまたまと言う事もあると思うんですよね」
梅野は難しい顔をして呟いたが、コーヒーを持ってきた春香がボソッと言った。
「春さん、どう言う事っすか?」
「うん。お嬢さんが良い学校に行きたいってお母さんに言ったとするじゃないですか。で、お母さんがお金がないから無理って答えた」
「娘が……すか?」
「例えばの話です。で、お母さんがお嬢さんにお父さんに頼んでみなさいって言ったとしたら……」
春香は少し悲しそうな顔をしている。もしかすると鈴掛と自分を重ねているのだろうかと、雄太はまた心配になる。
「言い方は悪いけど、お父さんにタカ……お願いしろって元嫁の入れ知恵って可能性もアリって事かぁ……」
「元嫁が娘に内緒でタカってる……。もしくは入れ知恵されて娘が元嫁とグルになってタカってる……。どっちにしても、このまま放置したくないっす」
梅野の呟きを聞いた純也がグッと拳を握り締めながら言う。
「そりゃ、俺が口出しする事じゃないってのはマジ分かってるっす。でも鈴掛さんが、何度手紙を出しても返事の一つも寄越さないでいたんすよ? それなのに養育費の他に多額の金をくれってのはおかしいっす。どんな間柄だとしても『ありがとう』は必要だし、感謝してるなら写真の一枚ぐらい送ってきたって良いじゃないっすか」
雄太も春香も、梅野も真剣に話す純也を見詰めていた。
純也は自分を金としか見てなかった元カノを思い出していたのかも知れないと雄太は思った。
「鈴掛さんの娘に会いたいって言ってたのをずっと無視してて、金が必要になったら会わせてやるって、鈴掛さんを金としか思ってないのが、どうしても許せないんす」
「騎手って仕事を軽く見てる……よな。命がけなのに……」
純也の呟きに頷いた雄太がそう言って溜め息を吐く。
「お嬢さんの望みを叶えてあげたい……って言うのは親としての気持ちは分かるんです。でも……」
「一方的……なんだよなぁ……。鈴掛さんの要求はきけないけど、自分達の要求はきけ……ってのがさぁ〜」
雄太はダイニングの隅に置いてあるベビーベッドのほうをチラリと見ながら言う。
梅野はコーヒーカップを握りながら話す。
「鈴掛さんの元奥さんの事を庇う訳じゃないんですけど……。もし、元奥さんが今まで鈴掛さんとお嬢さんを会わせなかった事を悪かったと思ってくださってたら良いんです。ただ……本当に金づるだと思っているのだとしたら、私は……」
春香の目に薄っすらと涙が浮かぶ。それを見られたくないのか俯いた。何の感謝もせず金の無心をされていた心の傷は、今も痛むのだろう。
雄太はやはり春香に話すべきではなかったかと思ったが、春香はスッと顔を上げた。
「余計なお世話と言われても良い。鈴掛さんを止めたい……。確かにお嬢さんは大切な子供です。それは一生変わらない。だけど、鈴掛さんのお金は一生懸命努力した結果得たものだし、命がけのお金です。当たり前だからとか……感謝しなくても良いとかでタカって良いものじゃないです」
キッパリと春香が言ったタイミングで、凱央が泣きだした。
「フヤァ……フヤァ……」
「はいはい。じゃあ、失礼しますね」
春香は立ち上がると、ベビーベッドを押しながら自室に入った。
「努力の結果の金……。命がけの金……。春香さんの言葉って重みあるなぁ……。俺と同い年とは思えないよぉ……」
そう言った梅野は、凱央をあやす声が微かにする春香の自室を見詰めた。
雄太も純也も何度も春香の言葉を噛み締めた。




