456話
週末、一勝しか出来なかった雄太は、月曜日に録画してあったレースを見返していた。
(ここで前に出られなかったんだよな……)
地下の雄太の寝室の隣、コレクションルームの大きなテレビを真剣に見ている雄太を覗き見しながら、春香はコレクションボードの中を整えていた。
凱央は、ローソファーでスヤスヤと寝ている。
(競馬の実況を聞きながら寝られるなんて、凱央は凄いなぁ〜)
凱央が寝ているから、テレビの音量はさして大きくしてはない。それでも、テレビの音声と言うのは耳につくのではないかと思ったが、起きる様子がない凱央を寝かせたまま、春香は作業を続けていた。
雄太をチラ見をして、凱央が起きないかと様子を見ながらでの作業だから、あまり進んでいない。
(出来れば今日中に作業終わらせたいのよね。もう2月も末なんだし……)
コレクションルームを片付けようと何度も作業をしたのだが、凱央の世話や寝不足を解消する為に昼寝をしたりしていて終わっていなかったのだ。
作業が進まなかった一番の理由は、雄太のパネルを眺めている時間が長い事だ。
(えへへ。雄太くん、格好良い……。じゃなくて、作業しなきゃ)
春香のコレクションスペースは手つかずのままである。雄太の分だけは、早く飾り終えたいと思いながら作業をしていた。
「春香」
「あ、なぁに? コーヒー?」
「じゃなくて」
春香は不思議そうな顔をしながら、雄太の隣に座った。雄太はビデオとテレビの電源を落とした。
「他言無用な話なんだけど……」
「え? うん」
「……鈴掛さんの話なんだけど……さ」
雄太は、ずっと悩んできた鈴掛の話をする決心をした。実親に金づるにされてきた春香にはつらい話かも知れないとは思ったが、梅野達と話しても解決策が思いつかずにいた。
かと言って、ずっと鈴掛が金づるにされるのを見過ごしているのも嫌だと思ったのだ。
「そう……。そんな事が……」
雄太の話を聞き終わった春香は、少し俯いて小さな声で呟いた。
「鈴掛さんは、娘の為だからと笑っていた。けど、ずっと娘と会わせる事もなく、写真の一枚、手紙一通送ってこなかったのにって……思ったんだ」
「うん。雄太くんが怒る気持ち分かるよ。私だって……切ないって思ってたから」
春香は、鈴掛が大切に持っていた古い写真を知っている。
「俺……俺ならどうするって考えたんだ。もし……凱央と離ればなれに暮らせなきゃならない事になったとして、写真を見る事もなく、電話で話す事も出来なかったら胸が張り裂けるような気持ちになるって。それなのに、何も連絡すらなくて、金が欲しいって言うのが……納得出来ないんだ……」
「私も分かるよ。会いたいって思うし、声が聞きたいって思うもん」
雄太の握り締めた拳に春香はそっと手を添えた。
「今まで……」
「え?」
少し考え込むような顔をした春香が、何かを思いついたように呟いた。
「お嬢さん、11歳だったよね? 今まで、一度も鈴掛さん……お父さんに会いたいって思った事はなかったのかな?」
「……どうだろう……?」
「幼児期ならまだしも、ある程度の歳になったら、なぜ自分にはお父さんがいないんだろうって疑問が湧くと思うんだよね。その時、雄太くんならどうする?」
春香は真っ直ぐに雄太を見詰めた。
「俺なら……母親に訊くかな。お父さんはどこにいる……とか」
「そうだよね? 個人差があるから、はっきりとは言い切れないんだけど、ちょっと……引っかかるんだよね……」
「引っかかる?」
「タイミングが良過ぎない? 良い学校に行きたいからお金が要るって言うのと、お嬢さんが鈴掛さんに会いたいって思ったのが同じって」
そう言われて、雄太も違和感に気づいた。
(そうだ……。父親の存在を知らされなかったとしたら、鈴掛さんの職業を知らなかった可能性もあるんだ……。充分な養育費の上に更に金を送れるサラリーマンなんて数少ないだろ……)
春香ならではの視点に、またモヤモヤする雄太だった。




