455話
2月23日(金曜日)
阪神競馬場の調整ルーム。
到着して部屋に荷物を置いた雄太は、食堂へ向かった。
(梅野さんは、もう到着してるよな? ……あ)
梅野は、いつも座っている席でのんびりとコーヒーを飲んでいた。
「梅野さん」
「ん? お、雄太ぁ〜」
「あの、これお義父さんが梅野さんに渡してくれって」
「へ? 直樹先生からぁ〜?」
雄太は梅野の前に座りポケットから封筒を出した。梅野は、何だろうと思いながら受け取り、封を切った。
梅野が取り出したのは長方形の紙が三枚。
「へ? 東雲マッサージの無料チケットぉ……?」
「無料チケット?」
「雄太、中身知らなかったのかぁ〜?」
「ええ。調整ルームに行く前に店に寄ってくれって電話があって預かっただけなんですよ」
雄太と梅野はマジマジとチケットを眺める。
「ん〜? あ……手紙も入ってるなぁ〜」
梅野が封筒の中を覗き込むと便箋が入っていた。梅野はザッと目を通し、小さく笑った。
「何て書いてたんですか?」
「写真撮影のお礼だってさぁ〜。直樹先生、フィルム代くれたのにぃ〜」
直樹は梅野に写真撮影を頼むのだと雄太が話した後、マッサージに訪れた時にフィルム代を手渡していたのだ。
おそらく画用紙か何かだろう。マジックで『通常マッサージ無料券』『使用期限無し』と書いてある。
「ん〜。これ、もらうのはどうなんだろぉ〜? 昼飯と和菓子のお土産までもらったのにさぁ〜」
「良いんじゃないですか? お義父さん、嬉しかったんだと思いますよ」
「写真撮影した事をかぁ〜?」
雄太は、ゆっくりと首を横に振った。
「それもあると思いますけど、きっと春香と親しくしてくれてるお礼も込められてるんじゃないかと」
「えぇ~。今更かぁ〜?」
笑顔をなくした春香の話し相手をしていたのは、もう何年も前の話だ。
その時、直樹は謝礼金を手渡してきた。それを梅野は断った。
『俺は市村さんの手に助けてもらったんですから、金は要りません。気持ちだけいただいておきます』
だからこその『無料チケット』なのだろうと梅野は思った。雄太は、梅野からその話は聞いていた。
「金は受け取らないと踏んでのチケットだなぁ〜」
「でしょうね。まぁ、お義父さんとお義母さんの気持ちですし、もらっておいてあげてください」
「そうだなぁ〜。次に行った時にお礼言うよぉ〜」
「はい」
スッと封筒に無料チケットと便箋を戻している梅野の顔を見ていると、やはりイケメンだと思ってしまう。
「ん? 何だよぉ〜」
「否、イケメンって何をしててもイケメンだなって思って」
梅野の目が点になる。その梅野の表情を雄太はマジマジと見る。
(こう言う顔しても、イケメンはイケメンなんだよなぁ……)
暫しの沈黙の後、梅野はゲラゲラと笑い出した。
「突然何だよぉ〜。笑わせるなってぇ〜」
「東雲のお客さんや従業員、買い物や飯行った時の女性店員もですけど、宮参りの時の巫女さんも、梅野さんをジッと見て頬赤らめてましたよ?」
「そうなのかぁ〜? 俺、写真撮るのに夢中で気づかなかったなぁ〜」
雄太は馬関係だと集中するが、梅野のように熱中出来る趣味があるのをうらやましく思っていた。
「俺、趣味ないし梅野さんがうらやましいです」
「ん? そう言えば雄太って趣味はずっとないのかぁ〜?」
「そう言えば……ないですね。中学の時は乗馬だったかなぁ?」
「それって趣味かぁ〜?」
「……違います……かね?」
一瞬の沈黙の後、顔を見合わせて吹き出した。
「雄太、お前……ブフフ」
「ブッ。やっぱり違いますよね」
周りの後輩達が何事かと思うぐらいに笑ってしまう。
「今は、『趣味春香と凱央』って言っとけぇ〜」
「それも、何か変ですって」
「趣味が仕事より良いってぇ〜」
「た……確かに。ブフッ」
何がツボったのか分からないが、二人で笑い転げていた。
そんな二人を見て困惑している後輩達から、雄太も笑い上戸であると噂される事となる。




