454話
10時少し前、梅野から電話が入った。
『写真が大量だから、勝手口から入って良いかぁ〜?』
「了解です。待ってます」
数分後、モニターを見ていた雄太は、梅野の車が見えたので、シャッターを開けた。
春香は勝手口の鍵を開けて、大きな紙袋を抱えた梅野を出迎えた。
「おはようございます、梅野さん」
「おはよう、春香さん〜」
春香はドアを大きく開き、梅野を招き入れた。
梅野はテーブルの上に紙袋を置くとニッコリと笑った。
「写りが悪かったのとか、俺が納得出来ないのは抜いてきたんだけど、それでもこれだけあったよぉ〜」
「何回もフィルム入れ替えてましたもんね。本当、ありがたいですよ」
雄太が梅野の前に座ると、梅野は紙袋から写真の袋を出した。
「袋の隅に番号ふってあるから、順番に見ていって、良いと思ったヤツの裏側に印を付けてくれぇ〜」
「はい」
雄太が写真を取り出し、順番に見ていく。ついこの前の出来事だというのに、ついつい見入ってしまう。
「あ、ゆっくり見てちゃ時間かかりますね。すみません」
「良いぜぇ〜。今日は予定ないしさぁ〜」
春香が、ミニテーブルのほうにコーヒーを置く。
「写真汚しちゃいけないので、こっちに置きますね」
「ありがとう〜」
「梅野さん、お昼食べていってくださいね?」
「え? 良いのぉ〜?」
雄太は写真を手に笑う。
「この後の予定がないならぜひ。俺も、ゆっくり写真見たいし」
「なら、お言葉に甘えさせてもらうよぉ〜」
一枚ずつ見ていくと、自分が見ていなかったシーンを見入ってしまう。
(へぇ……。こんな感じだったんだ……)
慎一郎や理保の柔らかな表情や姿。直樹や里美の笑顔。
「この凱央の表情、良いよなぁ〜。笑ってるみたいでさ」
「ええ。本当に良い笑顔って感じです」
神社と言う普段と違う雰囲気なのに、凱央は泣きもしないでいた。
「凱央は、度胸あるのかもなぁ〜。雄太に似てさぁ〜」
「俺ですか?」
「G1に出る時だって、対して緊張してないだろぉ〜?」
「緊張はしてますよ? ただ、コース取りとか展開を考えたりしてると緊張がどこか飛んでいくって言うか、考えられなくなるって言うか……」
雄太は苦笑いを浮かべた。梅野から見て、雄太は緊張していないように見えるのだろうか。
「緊張……してんのぉ〜? あれでぇ〜?」
「して……ますよ?」
二人のその様子を見て、凱央を抱っこした春香がクスクスと笑う。
「雄太くん、緊張してるように見えないよ? プロポーズの時だって、深呼吸してたぐらいだったし」
「えぇ〜っ⁉ 俺、あの時は心臓が口から飛び出すぐらいに緊張しまくってたんだけど……」
「だとしたら、やっぱり凱央は雄太くんに似たんだね。超一流の度胸あるんだよ」
雄太と梅野はご機嫌で手をフリフリしている凱央を見詰める。
「だとしたら凱央は大物になるなぁ〜」
「ははは……」
苦笑いを浮かべた雄太は、ニコニコと笑っている春香を見る。
(春香も度胸あるんだよなぁ……。婚約記者会見した時や入籍した時に記者に囲まれた時も……。否、それ以外でも腹を括った春香の度胸は、俺を越える気がするんだよな……)
何よりも、大きなカッターナイフを手にして殺意を見せていたミナに立ち向かっていた姿は『度胸がある』なんて言葉では片付けられないぐらいだ。
たった一人で無茶をする度胸を何と呼べば良いのか分からないが、雄太は自分以上に度胸がある春香が愛おしいと思う。
(俺……もっと腹括れるようにならないとな。春香に負けっぱなしだ)
ふと、春香の笑顔の写真が目にとまる。スッと手を伸ばして取り上げる。
「それ、良い写真だろぉ〜?」
梅野が雄太の耳元で囁く。雄太と並んで凱央をあやしている笑顔が少女のようにも、母親のようにも見える。
「それは、雄太にやるよぉ〜。ミニアルバム用にとっとけぇ〜」
「あ……ありがとうございます」
梅野の写真の腕に感服しながら、春香の写真を大切にしまった。




