453話
(んん……。あれ……? 柔らか……い?)
雄太は寝返りをうった瞬間、手に感じた触感に驚いて目が覚めた。
「ふぇっ⁉」
「あ、雄太くん。おはよう」
目を開けると間近に春香の笑顔があった。
「え? え? え?」
「どうしたの?」
「否……何で隣に春香が……いるのか分からないんだけど……」
目を丸くしながら雄太は春香に訊ねた。
「昨日の夜遅くに小倉から帰ってきて、私のベッドに入ったの覚えてないの?」
「春香の……ベッドに……?」
今度は春香が目を丸くして答え、雄太は驚いて部屋を見回すと、本当に春香の部屋だった。
壁や天井に貼ってある雄太のポスターやカラーコピー。ベッド脇に凱央のベビーベッド。遮光カーテンの僅かな隙間から外の光がチラチラと見える。
(あ……本当だ……。俺……春香のベッドに入った記憶が……)
日曜日、小倉で一勝も出来ずに帰りながらあれこれと考え込んでしまって、無意識に春香に癒されたいと思ってしまったのだろう。
(酔っ払っていた訳でもないのに……。記憶って、そんな簡単に飛ぶのか……?)
記憶がどうであれ、今現在春香が目の前にいるのだ。
そして、ふと気づく。
「えっと……ごめん。寝てたのを起こした……よな?」
「気にしなくても良いよ。ベッドに入ってきて、私の名前呼んで抱き締めてくれて直ぐ寝ちゃったし」
つまりは『起こしてしまった』と言う事だが、春香はニコニコと笑いながら雄太の手を握った。
「それに……嬉しかったし、ね」
「春香……」
照れくさそうに笑う春香を抱き締めてオデコにキスをする。
『遠征で帰りが遅くなる時は寝ててくれて良いからな? てか、寝てて欲しい。寝不足で体調を崩したりして欲しくないしさ』
凱央が生まれてから慢性的に寝不足の春香の体調を考えて、遅くなる時は待ってなくても良いと言ってあった。
春香は、出来れば待っていたいと思っていたが、翌朝の事を考えると雄太の言う通りにしようと思い、京都や阪神、中京以外は雄太を待たず寝る事にしていた。
「雄太くん、凱央が泣いた時に目を覚まさなかったんだよね。疲れてるんだと思うから、今日はしっかりマッサージするね」
「凱央、泣いてた? 俺、全然気がつかなかった……」
凱央が起きたら何かしら春香をサポートしていたのに、全く気がつかなかったとなると春香は一人で全部する事になる。
一人で子育てはつらいだろうと思っていたのに、気づかず寝ていた事に少なからずショックをうける。
「そんな顔しないで」
「けどさぁ……」
雄太の頬に、春香の柔らかく優しい手が触れる。
「雄太くんは出来る時に精一杯フォローしてくれてるよ? 一度や二度、起きなくても気に病む事なんてないの。小倉から帰ってきて疲れてたんだからね?」
「そう……だな。ん? 今何時だ?」
雄太はベッドヘッドの目覚まし時計に目をやった。
「7時過ぎか。10時に梅野さんが宮参りの写真持ってきてくれるって言ってたんだ。一緒に写真選んで、良いアルバム作ろうな」
「うん。えっと……起きなきゃなのは分かってるんだけど、後ちょっとだけ一緒にいたいんだけど……駄目かな……?」
頬をピンクに染めながら、春香に言われ雄太の胸がドキンと大きく鳴った。
「うん。俺も、春香と一緒にいたい」
「えへへ。ありがとう」
凱央が起きるまでの間だが、雄太と春香はベッドで抱き合っていた。
最近は、ゆっくりとした時間が取れないから、少しの時間だったとしても、雄太には必要だったのだろう。
気持ちが和らぎ、ゆっくりと癒されていくのを感じていた。
(春香……。俺の陽だまり……。温かくて……癒される……)
出産を控えた時に短くした髪を撫でる。サラサラと指の間を滑る髪でさえ愛おしい。
「フ……フヤァ……フヤァ……」
「あ、凱央起きちゃったな」
「はいはい」
春香はベッドから起き上がると、凱央を抱き上げた。雄太もベッドから下りて、春香と一緒にリビングへ向かった。




