445話
2月10日(土曜日)
雄太は二勝をし、ホッとしていた。風呂に入り、さっぱりしてから食堂に向かって歩いていた。
(明日のG3勝てるように頑張らなきゃな〜)
食堂に入ると先輩や後輩が何人か駄弁っていた。
(あ……そっか。もう、鈴掛さんは移動したんだっけ)
鈴掛は、12Rが終わると東京での重賞に出る為に阪神競馬場を後にしていた。日曜日のレース終わりに娘に会うらしく、ウキウキとした感じだった。
(夫婦……否、元夫婦か……。他人が口出しする事じゃないんだよな……。分かってんだけど……何かなぁ……)
いつものメンバーでは結婚しているのは雄太だけ。梅野と純也は結婚すらした事がないので、二人はどう言って良いのか迷っているようだった。
普段何かと言う梅野も思うところはあるようだが、夫婦の問題にどこまで踏み込んで良いのか分からずにいるのか、鈴掛に対して何も言わずにいたのだ。
「よぉ〜。雄太ぁ〜」
「梅野さん、今ですか?」
「あぁ。今日、いくつだったぁ〜?」
「二つです。梅野さんは?」
「三つだなぁ〜。調子良かったよぉ〜」
「おめでとうございます」
東京から着いたばかりと言うのもあるのか梅野は、少し疲れたような顔をしていた。
「もしかして、お疲れですか?」
「何か、色々考えてたらちょい寝不足でなぁ〜」
そう言って苦笑いを浮かべて、髪をかき上げている。雄太は、きっと鈴掛の事が気になっていたのかと思ったが、あえて訊かなかった。
天井を見上げて、目を閉じると梅野は雄太の顔をじっと見た。
「あのさぁ……。雄太は一緒だったろ?……鈴掛さんと例の事、話したかぁ……?」
「え? あ……はい」
梅野は周りを気にして小さな声で訊ねてきた。いつものメンバーや、限られた人間しか鈴掛が元嫁に多額の金を渡している事は知られていないからだ。
鈴掛の噂を広めるつもりもないし、多くの人に知られて鈴掛の立ち場が悪くなるのも避けたい。
「場所……変えようか?」
「そう……ですね」
自販機で缶コーヒーを買って、雄太の部屋に移動した。
「鈴掛さん、何て言ってたぁ……?」
「前に言ってたのと変わってないですね。娘の為なら……って感じです」
「そっかぁ……」
梅野は、はぁ~っと大きく息を吐いた。雄太は缶コーヒーを両手ではさみ、じっと眺める。
「俺……俺が鈴掛さんの立ち場だったら、どうするだろうって考えたんですよ。想像するのも嫌だけど、何らかの理由で……春香と離婚したとしたとして……凱央が学校とかで金が要るってなったら、無条件で出してしまうよなって……」
「雄太も、そう思うのかぁ……。やっぱ、親ってそうなるんだよなぁ……」
梅野は親の反対を押し切る形で騎手になった。競馬学校に入る時の面接は何とか協力はしてもらえたが、今も折り合いは良くないと言っている。
年に何度か電話をするぐらいにまでは関係改善はされたようだが、電話の最後に『早く騎手を辞めろ』と言われるのは変わってないと、雄太も聞かされている。
『命をかけるような仕事』を簡単に認められるような親は少ないだろう。特に、競馬に関わっていない親となれば尚更だろうと思う。
「そりゃ鈴掛さんが稼いだ金だし、どう使おうと自由なんだけど、何か引っかかるんだよなぁ……」
「それは分かります。俺は春香の話を聞いてたから尚更……」
「だよなぁ……」
『もどかしい』と言った感情が、雄太の中にも梅野の中にもあった。
「俺達には分からないんだろうなって思う部分って言うか釈然としない気持ちと、親だから分かる気持ちと半々って感じですね」
「俺も、親になったら分かるのかなぁ〜」
「かも知れませんね」
二人で缶コーヒーを黙って飲みながら、たかられているのに嬉しそうにしていた鈴掛の姿を思い出す。
(どうしたら良いんだろうな……。マジで難しい……)
春香は金の無心をされる事を突っぱねていた。親がたかる場合と親にたかる場合は違うのだろうと思うと雄太は溜め息を吐くしか出来なかった。




