442話
「春さん、ただいまぁ〜」
「ソル……。馴染み過ぎだろ……」
鈴掛達を寮に送り、雄太と純也は戻ってきた。純也の手には、明日出勤する時に必要な荷物がある。
「おかえりなさい、雄太くん。塩崎さん」
出迎えた春香は、ニッコリと笑った。
「コーヒー淹れますね」
「サンキューっす」
雄太はポリポリと右手の人差し指で頬をかきながら苦笑いを浮かべる。
「わざわざ荷物取りに帰って二日間連続で泊まるとか……」
「良いじゃないか。客間あるんだし。そもそも、泊まらせてくれるって事で客間作ったんだろ?」
「そりゃ……そうだけど」
昼食を済ませた後、静川に軽トラを返却しに行く少し前の事。純也は雄太の手を取り握り締めたのだ。雄太は突然の親友の行動に腰が引けた。
「な……な……何っ⁉」
「雄太、今夜も泊まっても良いだろ?」
「はぁっ⁉ 何でだよっ⁉」
「居心地良いから」
真顔で言う純也とアワアワとする雄太の対比がおかしくて、梅野は腹を抱えて笑い転げ、鈴掛は目が点になっていた。
春香は最初は驚いて黙って見ていたが、そのうち吹き出して涙を浮かべて笑っていた。
「おまっ‼ 寮まで歩いてでも帰れるだろっ⁉ 帰れよっ‼」
「けど、今日は泊まりたい」
「その『けど』は、どこから出てきたぁ〜っ⁉」
あまりもの笑える会話に鈴掛も我慢出来ず梅野と共に笑い転げた。
「春さんは優しいから、俺が泊まるのを許してくれるんだ」
「は? 春香を味方にしようとするなって」
振り返った純也は、キッチンで洗い物をしている春香をキラキラとした目で見詰めた。
「プッ。ふふふ」
春香は、何も言う事が出来ないぐらいに笑っていた。
「とりあえず、静川調教師に軽トラ返しに行かなきゃな。俺が静川調教師の家まで軽トラを運転して行くから、雄太は車でついてきてくれよな」
「え? あ、ああ」
突如、真面目な顔をして話す純也に、戸惑いながらも雄太は返事をした。
「んで、静川調教師の所で、俺を拾って寮まで行くだろ?」
「行く……だろ? 行くだろって何だよ? 寮まで送ってくれじゃなくて……か?」
「んでさ、俺は明日の準備をして雄太ん家に戻って泊まるんだよ」
「何を勝手に決めてんだよっ⁉」
「ね、春さん。こんな予定でどうっすか?」
余程、泊まりたいのだと思った春香はOKを出した。
さすがの純也も、雄太のベッドで一緒に寝るのは嫌だと言うので、客間で布団を並べて敷いていた。
「地下って、マジ静かだよな」
「だよな。車の走る音とかも聞こえないしさ。まぁ、地下一階程度だと、どこまで効果があるか分かんないんだけど、気温も安定してるらしいんだよな」
「へぇ〜」
雄太と純也はポンポンと布団をならす。雄太は立ち上がり、電気を消した。ボフッと寝転ぶと純也が小さく息を吐いて話し出した。
「あのさ、雄太」
「へ? 何だよ?」
「俺、雄太が先に行ってしまったって焦ってたって言ってたの覚えてるか?」
「あぁ」
初勝利は、そんなに変わらずにあげたのに、重賞は純也はかなり遅くなり差がついた気がしていたのだ。
「正直、今だって雄太はこんな立派な家を建てたのに、俺はまだだって思うんだけど、何か春さん見てたらそんな気持ちが飛んでったんだ」
「へ? 春香を……か?」
「春さんって、こんな豪邸の奥さんなのに、全く変わらずにいてくれるだろ?」
雄太は純也の方に体を向けた。純也はじっと常夜灯を見ていた。
「元々、金持ってる人だったけど、さすがにこんなデカい家を建てたら少しくらい変わってもおかしくないのにってさ」
「ん〜? まぁ、金は人を変えるってのは聞いた事あるけど……」
「春さんが変わらなくて、何か『焦らなくて良いんだよ』って言ってくれてる気がしてさ。雄太も……な」
雄太も春香も何も変わってないのが嬉しくて泊まりたかったのだと言って、純也は目を閉じた。
理由はどうであれ、大切な親友に居心地が良いと思ってもらえて嬉しく思い、雄太も明日にそなえ目を閉じた。




