440話
午後になり、昼寝から起きた凱央を連れて旧宅である借家に向かった。
「ここの荷物は、明日運び出すんじゃないのか?」
「うん。えっと……雄太くんが、お引っ越し手伝ってくれる鈴掛さん達に、私の下着とか見せたくないって言ってたから」
恥ずかしそうに理由を言われ、直樹は納得をした。
「直樹だって、春香の下着は見せたくないわよね」
ニヤッと笑いながら言う里美に、直樹は当たり前だと言う顔をして頷いた。
春香は凱央を直樹に任せて、雄太の海外遠征用の大きなトランクを雄太の部屋のクローゼットから取り出し、自室に運び込む。
「私がクローゼットから出すから、春香は詰めていきなさい」
「うん。ありがとう、お母さん。お父さん、リビングにファンヒーターあるから、凱央とリビングにいて。寒いから風邪引いちゃうかも知れないし」
「ああ、分かった」
直樹が部屋から出ると、里美はクローゼットから下着類を取り出していく。
「……あら、この桜色のネグリジェ可愛いわね」
「うん。雄太くんも気に入ってくれてるの」
「パジャマ一辺倒だった春香がネグリジェを着るようになったのね」
「うん」
照れ笑いを浮かべながら、丁寧にトランクに詰めていく。
「この白いネグリジェも素敵ね」
「それは、鈴掛さん達から結婚のお祝いにってプレゼントしてもらえたヤツなの。結婚式まだだったから、ウェディングドレスみたいなのをって」
「そう言う意味のプレゼントも素敵ね。確かにウェディングドレスみたいで綺麗だわ」
「うん」
下着も女の子らしい可愛い物になったなと、チラリと春香を見る。
(ピンクやフリルやレースって言う可愛いのを拒否してたのにね。まぁ、ピンクって言っても淡い色合いのや桜色って感じのばかりだけど、それでも女の子らしいのを身に着けてくれるようになったのが嬉しいわ)
ふと、可愛い服を拒否して直樹のYシャツを着ていた時を思い出し内心笑ってしまう。
「あ、そうだ。お母さんが買ってくれたワンピースね、評判良いんだよ」
「え? あ〜。結婚する時に買ってあげたヤツね」
「うん。上品な大人の可愛いって感じだって褒めてもらえたの」
「春香、似合ってたものね」
「えへへ」
女の子らしい事や服装が苦手で、服だけでなく下着や小物でさえ、ピンクを選ばなかった春香が嬉しそうに話してくれるのが嬉しかった。
妊娠中は着る機会がなくなっていたが、また着る時があるだろうとワンピースを見詰める。
(恋をした春香が綺麗に花を咲かせてくれて良かったわ)
下着などをトランクに詰めた春香は、再び雄太の寝室に向かった。
雄太がメインで使っていたベッドは、元々春香が使っていたセミダブルのベッドだ。
そっとベッドを撫でる。
(ありがとう。あなたは、悲しい時や辛い時の私を受け止めてくれたよね)
何度、悔し涙を流しただろう。何度、人に言えない事を枕に顔を押し付け叫んだだろう。
収入を得られるようになり、しっかりと貯蓄が出来たタイミングで、直樹宅と現在倉庫と称している部屋の間の部屋が売りに出され買った。
その時に買ったベッドだから思入れがあったが、過去を笑って話せるようになった事で処分する気になれた。
雄太と初めての夜を過ごし、その後には幸せな時間を重ねてこられた。
(ベッドだから人でもないんだけど、最後に幸せな時間を過ごせたよって言えて良かった。本当にありがとうね)
大きなトランクを抱えて階段を降り、玄関にトランクを置いて、リビングに向かう。
ベッドと同じようにソファーを撫でる。雄太と並んで他愛もない話をしたり、ただ黙って寄り添っていたりした。
(今までありがとう。雄太くんとの話をいっぱい聞いててくれたよね)
食器棚とテーブルも撫でて『ありがとう』と呟いていく。
初めて買った家具家財。雄太と出会わなければ、今もマンションで使い続けていただろう。
(本当にありがとうね)
思い出が詰まった家具家財に感謝と別れを告げて、春香は新居へ戻った。




