437話
朝食を終えると、雄太達は旧宅に向かう準備を始めた。
「よろしくお願いします」
春香は凱央を抱っこしながら、玄関先で鈴掛達に頭を下げる。
「ああ、任せておいてくれ」
「春香さんは、凱央とのんびりしてて良いよぉ〜」
「春さん、お昼ご飯よろしくっす」
春香はニッコリと笑って頷いた。
雄太と純也は雄太の車に乗り込み、鈴掛と梅野は、静川調教師が貸してくれた軽トラに乗り込み旧宅に向かった。
新居の家具はほぼ新調している。ベッドは家を建てると決定してから、数軒の店を周り決めた。
メインで雄太が使うベッドはダブル。春香の寝室のは、独身時代から好んで使っているセミダブルにした。
体の事を考えて、よく眠れるようなのを選んで欲しいと春香は何度も言ってくれて、雄太は嬉しく思い吟味に吟味を重ねた。
「地震の事やタンスの裏側って埃が溜まるから、タンスは置かないようにしたいの」
春香が全室ウォークインクローゼットにしたいと言った理由に、雄太は納得をして、引っ越しをした後はタンスは処分をする事にした。
「運ぶのは、このタンスの中身とクローゼットの中の衣類。食器棚の中身と調理器具類。電化製品は電気屋が引き取りに来てくれるので、ガレージに出して置く……。これぐらいかな?」
雄太はザッと説明して、鈴掛達は作業に取りかかった。
要らない物はレンタルコンテナを借りているので放り込んでいく。
雄太と鈴掛が二階から春香のベッドを解体した物を運び出しながら言う。
「春香ちゃん、このベッドとかよく処分する気になったな。思い出が詰まってるだろうに」
「俺も、そこまで捨てなくて良いって言ったんですよ。でも、これから思い出を作っていくから良いんだって言ってました」
鈴掛が優しい優しい顔になる。
「そうか。お前と新しく思い出を作るって覚悟が決まったって事の処分なんだな」
「ええ。これからたくさん思い出作るって言ってもらえて、俺良い思い出をいっぱい作ってやらなきゃなって思って」
「物はなくなっても、思い出はなくならない……だな」
「ええ」
この家に住んだのは一年にも満たない。それでも、妊娠や結婚式をした事など、色々な思い出がある。
「大家さん、この家を解体するって言ってたのを借りたんだっけ?」
「そうですよ。あちこちガタが来てるって言われてたんですけど、言う程の不便はなかったですね」
普段の梅野とは違って、タオルで頭を覆いながら、丁寧に衣類を箱に詰めていてくれた。
その横で、純也は春香の『雄太コレクション』を丁寧に箱詰めしてくれていた。
「トロフィーとかは鷹羽の家に置いてるんだろ?」
「ああ。春香が妊娠してから一階を寝室にしてたからな。押し入れに布団しまわなきゃなんなくてさ」
「トロフィーを押し入れにしまってたなんて、うらやましい話だな」
「ソルだって、実家に置かせてもらってんじゃないか」
純也も、重賞に出走する事も増え一着になってきたから、トロフィーなどを寮には置かず実家に置いていた。
「寮に置いてると邪魔じゃねぇか。部屋狭いしさ」
「まぁな。俺も寮に入る時、荷物かなり減らしたしさ」
「だな。てか、春さんのコレクションスゲェ〜な。サインだけでもかなりの量だし、これなんて本物のポスターみたいだしよ」
純也は、壁に貼ってある雄太のG1優勝時のカラーコピーが入ってるパネルを指さした。
「これはお気に入りなんだってさ。俺にしたら気恥ずかしいんだけどな」
「そりゃな。嫁の部屋に自分のドデカいポスターなんてさ」
春香が寝る時に向く側の壁にドド〜ンと貼ってある。
そのパネルを見た時に純也と梅野は一瞬固まり、次の瞬間吹き出したのだ。
「春香さん、熱心なファンだなぁ〜」
「どんだけ騎手鷹羽雄太の大ファンなんだよ」
解体用のハンマーを手に春香の部屋に入った鈴掛も驚き、しばらくの間パネルを眺めていた。
「お前……惚れられてんなぁ……」
しみじみと言われ、さすがの雄太も苦い笑いを浮かべていた。




