434話
1月28日(日曜日)
阪神競馬場で行われた京都牝馬特別G3で、雄太は一着になった。
G3を含め四勝で気分は良い。だが、油断はするまいと思いながら、春香のマンションへと戻った。
「おかえりなさい、雄太くん」
ドアを開けると、無邪気な笑顔を浮べた春香が思いっきり抱きついてきた。
「おっと」
「おかえりなさい。おめでとう」
抱きとめて、小さな体を抱き締める。
焦る雄太の気持ちや不安な思いを分かっていたのだろう。同じように不安だったのが、雄太の体を抱き締める力で感じる。
「ありがとう」
「うん」
(不安にさせてごめんな。言ったら叱られるから言わないけど)
ゆっくりと風呂に入り、食事を済ませる。
「雄太くん、サインありがとう」
「コレクションルームの春香のスペースを足りなくしてやるからな?」
「うん」
テーブルの上に置かれた色紙にサインを済ませると、春香はいつもの満面の笑みを浮かべる。
(ほんの数レース勝てなかっただけだろうって言われるかも知れない……。傲慢だって言われるかも知れない……。でも、勝ちに貪欲でいたいんだ)
春香は、サインをニコニコと嬉しそうに眺めている。
(俺は、絶対に日本一になるんだ。俺の夢であり、春香の笑顔を見たいから。変な言い方かも知れないけど、良い経験だったかもな。何度も経験はしたくないけどさ)
初騎乗の時に思った『勝ちたい』という気持ちと、今の勝ちたい気持ちは同じようで違う気がした。
チラリと春香を覗き見ると、春香は色紙をビニール袋にしまい撫でていた。
(春香の笑顔は変わらないよな。……賞金の事を全く気にしてないのも、全然変わってない)
そう思うと愛しさと笑いが込み上げ、抱き寄せてキスをする。
(本当、春香を好きになって良かった)
翌日、新居への引っ越しの手順を確認していた。
「あ、各部屋のエアコンは、明日設置してくれるって電気屋さんが言ってたよ。冷蔵庫とかも搬入しておくって」
「そっか。いよいよだな」
雄太と春香は時間を見つけては、電気屋からもらったパンフレットを見ながらあれこれ考えて、欲しい物を決めていた。
「家電は春香の好きなの選べば良いよ。特にキッチン用品なんかは使うのが多いのは春香だしさ。俺は俺の欲しいの選ぶよ。テレビとか」
「うん」
商店街の電気屋の店主は、様々なパンフレットが欲しいとは言われたが、大型の冷蔵庫や洗濯機、乾燥機をはじめ、電子レンジなどのキッチン用品やエアコンまで買うと言われ、目が点になっていた。
「は……春ちゃん。本当にウチで全部買ってくれるのかい?」
「うん。あ、後ね」
「ま……まだあるのかい?」
「うん。音が静かなドライヤーが欲しいの。今のは音が大きくて凱央がビックリしちゃうんだよね。後ね、新しいパソコンとプリンター」
商店街の小さな電気屋で、家電一式で、しかも最新式となるとかなりの売り上げになる。
店主は、何度も何度も注文の品を確認していた。
「こんな感じだな。色の間違いはないかい? よ〜く見て確認しておいてくれよ?」
「えっと……うん、大丈夫。なるべく色は揃えたいんだよね〜」
色を揃えて統一感を出したいと考えていたのだ。里美のアドバイスであるが、春香もその方が良いと考えた。
「そうだな。早目に言ってくれて助かるよ。色によっては、メーカーに訊かないと分からんのもあるからな」
「手間かけちゃうけど、お願いね」
「ああ。じゃあ、新居が完成したら言ってくれよ? 引っ越したら直ぐ生活出来るように設置させてもらうから」
「うん」
寿司屋やケーキ屋や肉屋などは、普段から使って、春香の言う恩返しは出来てはいたが、電気屋は電池を買ったりする程度だったので、一気に恩返しが出来て嬉しいと春香は思っていた。
「ウチの一年間の売り上げの何パーセントだよぉ……」
購入金額を見て、呆然としたように呟いている店主の様子に、雄太は笑いを堪えるのが大変だった。
引っ越しの日はもうすぐである。




