433話
1月27日(土曜日)
雄太は一勝をあげた。
(ふぅ……。まだ本調子とは言えないかも知れないけど、まだまだ先があるからな。明日はG3だし、落ち着いていこう)
食堂に向かうと、純也が大盛りの白飯を頬張っているところだった。
「お? 雄太、遅かったな」
「風呂に浸かりながら、ボーッとしてた。また豪快な山盛りだな」
純也の前の空いた席に盆を置いて座り苦笑いを浮かべる。
純也の目の前には、漫画で見るような山盛りの白飯がデンッと自己主張していた。
「俺、今日は乗鞍多かったから腹ペコでさぁ〜」
「本当、ソルも騎乗数増えたよな」
「ああ。嬉しいけど、最終騎乗が終わるまで腹の虫が大合唱しても我慢するのが辛くてさぁ〜」
「で、その山盛りか。それで、明日の斤量に影響出ないの凄いよな」
太りにくい体質の雄太でも、やはり体重は気になるのに、純也はガッツリと食べる。その上、揚げ物などが大好物であり、何よりも白飯がないとガチ凹みをするのだ。
「部活辞めたら太るとか、食って寝たら太るとか色々心配したけどさ、結局太らねぇ体質だったのかもなぁ〜」
「しかも、走れば体重落ちるの早いしな」
恐らく、世の女の子達が聞いたらうらやましがるだろう。どれだけ食べても体重が落ち、甘い物や油物を寝る直前でも大丈夫なのだ。
「去年の秋に、ちょい落ちない時あってさ。鈴掛さんとサウナ入ったけど、サウナよか走る方が良いな」
「あの時、何キロ落としたかったんだっけ?」
「三キロ弱だっけかな? トレセン周りを全力疾走したら落ちた」
「普通の人は、トレセンの周囲を全力疾走しないんだよ……」
雄太は呆れながら、煮物の中にあった人参を純也の食べている生姜焼きの皿の端に置いた。
「人参もらっても嬉しくねぇんだけど? 肉くれる方が嬉しい」
「この前、トマトとキュウリ食べてやったろ?」
「仕方ねぇなぁ〜」
二人とも、親から『食べ物を粗末にすると罰が当たる』と言われて育った為に、余程の事がないと残したりする事が出来ないのだ。
「食い物が人の口に入らずゴミ箱に入るのって、許せねぇんだよな」
純也は、ポイッと口に人参を入れる。野菜は好きではないが、絶対に食べたくないと思うのはない。しいて言うなら、キノコ類が苦手だ。
雄太にトマトとキュウリを押し付けたのは、気分が乗らなかったかららしい。
「それ、春香もよく言ってるな」
「春さんもか?」
「ああ。神子と言われるようになって年収が増えても、もったいないって言う感覚が抜けないって」
純也は、婚約した翌日たくさんの寿司や菓子をお裾分けしてくれた事を思い出した。
直樹や里美も、医師としての収入とマッサージ店の収入がありベンツやロレックスを所有しているのに、『もったいないから食べちゃって』『捨てるの嫌なのよ』『食い尽くしてくれても良いぞ』と言って笑っていた。
「春さんのそう言うトコも惚れてんだろ?」
「ああ。春香自身は貧乏臭いと言われたらどうしようって悩んでたらしいけどな」
「春さんらしいよな。ファミレス好きって言ってたもんな」
「もう連れてってやれてないけどな」
有名になればなるほど窮屈になると思った感覚は今もある。
『雄太くんがケチ臭い男だって思われたくないんだよね』
服を買うのでさえ、気を遣っていたりするのだ。
「何だっけ? ほら、パンに付いてるシール集めてたろ?」
「あ〜。あれも『もう出来ないのかぁ〜っ』て悩んでたな」
「俺達に、良い肉食わせてくれたりするのは気にしてなさそうなのにな」
純也はそう言ってゲラゲラ笑う。
自分以外の事に金を使う事に躊躇しないのは、出会った頃と変わらないと雄太は思っていた。
(俺が、それなりに収入を得られるようになっても、変な風に変わらずにいてくれるんだよな。ソルの付き合ってた子は贅沢をするようになったって言ってたから、やっぱり春香は特別なんだな)
春香の無邪気な笑顔を思い出し、明日の重賞は勝てると良いなと思った雄太だった。




