431話
21日(日曜日)
(一勝かぁ……。でも、昨日は三勝出来たし良しとしよう。焦っても、何も変わらない気がする。ゆっくり調子を上げていけば良いんだ。そりゃ、勝ち鞍を上げないと駄目だってのは、俺だって分かってる……。馬主さんや調教師達に申し訳ないって思うけど、焦って変な乗り方をしてしまったりして、馬に負担をかけたり、万が一の事がある方が駄目だよ……な?)
勝てなくなったと雄太は思っているが、騎乗依頼はきているし、調教も頼まれている。
調教師や馬主から見離されている訳じゃないのはありがたかった。
(よし、来週はG3だ。落ち着いて頑張ろう。馬に怪我をさせない。変な癖をつけない。一鞍一鞍を大切に……だ)
「ただいま」
「おかえりなさい、雄太くん。お疲れ様」
ドアを開けると満面の笑みを浮べた春香が、凱央を抱っこしたまま出迎えてくれた。
「お、凱央も一緒にお出迎えしてくれたんだな」
「うん。ちょうど寝かしつけするところだったの」
雄太は、凱央を撫でようと思ったが、先に洗面所へ向かった。
(凱央に触るのは、うがいと手洗いしてからだよな)
父親の顔をしながら思った。
「あ〜。カレーの良い匂いだぁ〜」
「しっかり煮込んでるから、お肉もトロトロだよ。しかも、トッピングは唐揚げだし」
「おぉ~。贅沢バージョンだな」
凱央を寝かしつけしながら、雄太はウキウキとキッチンの方へ向かった。
コンロの上では、スパイシーなカレーが食欲を刺激する香りを漂わせている。
(帰ってきて凱央の顔を見て、春香の飯を食って……。幸せってこう言うのだよな)
腕の中では、凱央が欠伸をしたかと思うと、スースーと寝息をたてはじめた。
「もう少ししたら寝かせて風呂入るよ」
「うん。ベビーベッドこっちに持ってくるね」
春香は寝室のドアをあけ、ベビーベッドのキャスターのロックを外してリビングに運んだ。
雄太が優しく穏やかな顔で凱央を寝かせている姿を見ると、うなされていた雄太の姿が夢だったかのように思える。
しばらくして、凱央をベッドに寝かせて雄太は風呂に向かった。
湯船でゆっくり手足を伸ばし、疲れきった筋肉を解す。寒さもあり固まった筋肉を温めて、バスピローに頭を預けて、二日間の騎乗を振り返る。
良かった点、悪かった点。改善すべき点を考え、調教と実践で改善を頭に叩き込む。
(うん……。こんな感じでやって行こう。少し良くなったからな。この調子で勝ち鞍上げて……だよな)
しっかり体を温め、ゆっくりとカレーを食べて、雄太は自分の布団を春香達の寝室に運び込んだ。
(ソルのヤツ、毎回自分の部屋から俺の部屋に布団運び込んでるけど、結構布団って重いんだよなぁ〜)
休み前には一緒の部屋で寝て、春香と寝るまで手を繋ぎながら話す。それが、雄太の楽しみだった。
布団を敷いていると、鼻歌まじりで春香がキッチンの掃除をしているのが聞こえる。
(ん? 春香、何て歌を歌ってるんだろ? 俺、流行りの歌なんて分からないしなぁ……)
純也や梅野は、車に乗れば流行りの曲をかけているが、雄太は全く分からなかった。
何かわからないけど、楽しそうに家事をしている様子にホッとする。
結婚すると決まった時、予約が残っていた春香を見て、雄太は少し悩んだのだ。
「春香、仕事続けたいんじゃないのか?」
「どうして?」
「仕事をしてる時の春香がキラキラして見えたんだ」
「私、家事するの楽しいんだよね。仕事も好きだけど、お料理して雄太くんが喜んでくれるのが凄く嬉しいの。仕事は再開しようと思えば、事情さえ許せば出来るじゃない? でも、今は雄太くんの為に色々したいの」
雄太から見ても、春香も不器用な処があり、あれもこれもと出来ない感じがあった。
(結局、俺と春香は似た者同士なんだよな。不器用な処と頑固な処は特に似てる……)
そんな事を思いながら、今夜は何を話そうかと考えてワクワクしている雄太だった。




