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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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430話


 20日(土曜日)


 久し振りに三勝した雄太は、ホッと息を吐いた。


(勝てた……。三鞍も勝てた……。本当に……嬉しい……)


 勝てる事が当たり前だと思っていた訳じゃない。一鞍勝つのも大変だと思っていた雄太は勝てた事が嬉しくて手が震えた。


 勝ちに恵まれない騎手が勝てた時に涙を浮かべている事を馬鹿にする人がいるのは知っていた。


 『重賞でもないのに』

 『泣くのはG1獲ってからにしろ』


 心無い言葉を何度も耳にしてきた。


(重賞じゃなくても、勝てたら嬉しいんだ……。一つの勝ち鞍が、泣きたくなるぐらいに嬉しいんだ……)


 長期のスランプに陥り、勝てない焦りと後輩に追い抜かされ、心を暗闇に覆われ、雄太に悪態をついてしまった下川を思い出した。


(今なら……本当に下川さんの気持ちが分かる。あの頃の下川さん、本当に辛かっただろうな……)


 とは言え、騎手は競い合うもの。馴れ合うものではない。誰もがライバルなのだ。


 下川に情をかけたりしたら、それは下川のプライドを傷つけただろう。


(スランプになったら自力で這い上がるか、何かの切っ掛けで上がるしかないのかな……? これでスランプから抜け出したとは言えないかも知れないけど、とりあえずは一安心ってトコかな……)


 明日には、重賞G2の騎乗がある。それ以外にも出走するレースはあるが、やはり重賞となると緊張してしまっていた。


(G1の時って……どうだっけ……?)


 無我夢中だった頃とは違うはずなのに、どうしても思い出せずにいた。


 『雄太くんらしくね』


 春香の言葉を思い出す。


(そうだな。前の気持ちを思い出して勝てる訳じゃない。俺が出来る精一杯の騎乗をすれば良いんだよな? なぁ、春香)


 ミニアルバムを眺めていると、風呂を終えた純也がバタバタと部屋に戻ってきた。


「雄太ぁ〜。飯行こうぜ、飯〜」

「ああ」


 二人で並んで歩き出す。食堂に入ると後輩達が、遠慮がちにチラチラ見ている姿に気付いた純也が、雄太の方を見る。


「俺達って、あんな初々しさってなかった気がする」

「へ? あぁ〜。ソルって、最初からガンガン行ってたよな」

「そんな事っ‼ ……なかった気がする」

「自覚あったのかよ」


 ケラケラと笑いながら、定食を前にする。


「そりゃさ、先輩の威厳とかってのも必要かもしんねぇけど、無闇矢鱈むやみやたら威嚇いかくするような先輩にはなりたくないって思うんだよな」


 そう言って純也は、大盛りにしてもらった白飯を美味そうに頬張る。


「それは、俺も思う。鈴掛さんなんてさ、あの年代の先輩にしたら、本当に良い先輩だと思うよな」

「だな。梅野さんは歳が近いけど、鈴掛さんなんてオッサンだし」

「ちょっ‼ ソルっ‼ う……」


 雄太が止めようとしたが、時すでに遅し。


「だぁ〜れぇ〜がぁ〜オッサンだって?」

「ウオッ⁉ ウゲェっ‼」


 京都競馬場の調整ルームに到着した鈴掛が純也の後ろに立ち、純也の首にマフラーをかけて引っ張っていた。


「純也ぁ〜。先輩に『オッサン』は駄目だぞぉ〜?」


 梅野はおかしそうに笑いながら、雄太の隣に座った。


「お疲れ様です、梅野さん」

「ああ。明日は遠慮しないからなぁ〜?」

「もちろんです」


 仲良さげに話す雄太と梅野を見ながら、純也がジタバタと助けを求める。


「雄太っ‼ ほのぼのしてないで助けろってぇ〜」

「さぁ、純也。どんな罰が欲しい? ん?」

「鈴掛さんっ‼ 勘弁っすぅ〜っ‼ 俺が悪かったっすぅ〜っ‼」


 その様子を見ながら、梅野が純也の前にあった定食の盆をスススーっと引き寄せた。


「本当、純也は悪い子だよなぁ〜」


 梅野が皿の上にあったエビフライをつまんで、大きな口を開けた。


「俺のエビフライっ‼」

「梅野、それ食って良いぞ?」

「そうですかぁ〜? いただきます」

「あぁ〜っ‼」


 いつもの騒がしい四人を見ながら、後輩達はうらやましそうでもあり、どうしたものかと戸惑っていた事に、雄太達は気づいてなかった。




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