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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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428話


「ただいま、春香」

「雄太くん、お疲れ様。え? おっきな白菜〜」


 ドアを開けた雄太の抱えている大きな白菜に、春香は目を丸くする。


「食堂のおじさんが春香にってくれたんだ。凄い重いからさ、思わず凱央とどっちが重いだろうって思っちゃったぞ」


 白菜を抱えながら歩く雄太を春香はニコニコとしながら見上げている。


「ありがたいよね。マッサージ出来なくなって随分経つのに」

「そうだよな。栗東に戻っても、春になるまでは凱央に会えないって分かってるけど会いたいって言ってくれててさ。父さんや母さん達だけでなく、待ち望んでもらえるって事が本当に嬉しいって思ったよ」

「うん」


 雄太はキッチンに白菜を置くと、風呂に向かった。


 穏やかでにこやかな顔を見て、春香はホッとした。


(良かった。雄太くんの顔、少し明るくなった気がする)


 雄太が悩んでいるのは分かっていた。真剣な顔と言うより、難しく悩んでいる顔をしている時があったからだ。


 春香に知られまいとしているのにも気づいていた。目が合った瞬間に誤魔化すように無理矢理笑っているのが分かったからだ。


(無理には訊かない……。話したくないなら話す気になるまで待とう……。追い詰めたら……苦しいもんね……?)


 だが、うなされている声を聞いてしまったら抱き締めずにはいられなかった。『守ってあげたい』と思ってしまった。


 競馬の事には口出しは出来ないと思っているからこそ、何も出来ない事が辛かった。


 昼休みに里美が食材を買ってきてくれた時に、冷蔵庫にしまいながらこっそりと相談をした。


 リビングで凱央をかまっている雄太の方をチラチラと見ながら。


「お母さん、帽子って私でも編める?」

「帽子? そうね、頑張れば二〜三日で編めるかしら。春香、編み物は久し振りだし、凱央の世話をしながらだしね」


 春香の真剣な顔を見れば、誰にと訊かなくても分かる。


(大好きな旦那様を励ましたいのね)


 雄太が勝てないと言うのは知っていて、里美はもちろん、直樹も静観していた。何かするなら妻である春香だと思っていたからだ。


「雄太くんがお風呂に入ってる時に編み物の本借りに行っても良い?」

「ええ。リビングテーブルの上に置いておいてあげるわ」

「ありがとう、お母さん」


 雄太が風呂に入っている隙に、直樹の家に行き、編み物の本を借りてきて目を通した。


(うん。これなら編めそう。えっと……毛糸は……)


 雄太と凱央が眠ってから、じっくりと本を読み、翌日には里美に毛糸を買ってきてくれるように頼んで、教えてもらいながら編んだ。


 セーターとか大物でもないので、凱央を寝かしつけてから編み進めていき、水曜日の夜中には完成した。その帽子をじっと見詰める。


(こんなのでスランプって解消されるなんて思ってない……。けど、少しでも雄太くんの心が穏やかに……温められたら……)


 『もどかしい』そんな言葉が胸にあった。春香自身は仕事でスランプと言う経験はない。施術のスパンが計れなくて体調を崩したりした程度だった。


 それでも、雄太の心が軽くなるように、色々とやってみようと思った。もちろん負担になるような事は避けようと考えながら。


(少しは、雄太くんの役に立てた……かな?)


 大きな白菜を半分に切り分ける。


「それにしても、大きな白菜だよねぇ〜。半分はお父さんとお母さんに食べてもらおう。明日から、雄太くん調整ルームに入っちゃうし」


 ザクザクと白菜を切り、洗って鍋に入れながら考える。


「ん〜。豚肉と煮るか……鶏肉と煮るか……」

「俺、クリーム煮が良いな」

「ホワッ⁉ 雄太くん、ビックリさせないでぇ〜」


 後ろから耳元に雄太の声が聞こえ、手にしていた白菜がまな板の上に落ちた。


「白菜持って考えてる春香が可愛かったんだよな」

「白菜で可愛いとか意味分かんないんだけどぉ〜」


 振り返ると雄太に抱き締められキスをされる。


 雄太の笑顔とそんなコミュニケーションが心底嬉しいと思った春香だった。





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