427話
1月18日(木曜日)
「雄太ぁ〜」
純也は黒い毛糸の帽子をかぶり、オレンジ色の耳当てをしていたが、寒そうに白い息を吐きながら走ってきた。
雄太の車の隣に立った純也は、視線を雄太の頭に移した。
「ソル、お疲れ。今日はやたら寒いよな」
「だな。なぁ、雄太のその帽子初めて見たヤツだよな。いつ買ったんだよ?」
「ん? ああ、これか? 春香の手編みなんだ。今朝、家を出る時にもらった」
雄太の答えに、純也はうらやましそうな顔をした。
「良いなぁ……。手編みの帽子……。てか、春さん、編み物出来たんだ?」
「お義母さんが出来る人で、養女になった時に少し教えてくれてたんだってさ。で、今は床上げも済んでなくて時間あるしって、久し振りにやってみたくなって毛糸買ってきてもらって編んでたんだって」
「里美先生って編み物出来るんだ」
「お義父さんのセーターも編んでるって言ってた」
「スゲェな」
純也は、雄太の頭に手を伸ばして、毛糸の帽子をポムポムとした。
「なんだよ、それ」
「何となく? うらやましさからくるポムポム?」
「意味分かんないぞ?」
「ははははは」
雄太は黒と紫の毛糸の帽子をスポッと頭から抜きとる。
丁寧に一目一目心を込めて編んでくれていたのだろうと思うと、受け取った時は涙が出そうになったのだった。
(時間あるって……そんな訳はないよな? 家事してるし、凱央の世話もある……。確かに、買い物はお義母さんが行ってくれてるけど、それだけで時間がある訳じゃない……)
編み物をした事がない雄太には、帽子がどれだけの時間で出来上がるのか分からなかったが、そんなに直ぐ出来るとは思えなかった。
しかも、雄太は春香が編み物をしている姿を見た事がなかったのだ。
(凱央が夜中に起きるから昼寝してるだろうって思ってたのに……)
車通勤をしているし、調教中はヘルメットをかぶっている。だから、本当なら帽子は要らないのだ。それでも、里美から教わりながら、一生懸命に編んでくれたのだろうと思うと嬉しくて使えないとさえ思った。
「車降りた時と車乗るまでの短時間しかかぶれないだろうけど……」
そう言ってかぶせてくれた毛糸の帽子が、心まで温めてくれるような気がしたのだ。
その帽子の上に、フワリと落ちてきた空の贈り物。
「あ、雪降ってきたな」
「どうりで寒いはずだぞ。手がジンジンする」
「寮まで乗ってくか? 寒いだろ?」
「車が温まる前に着くって」
「だな」
顔を見合わせてゲラゲラと笑う。車の中は温まってはないが、純也を乗せて寮に向かった。
時間にしたら数分ではあるが、幼馴染みで親友と他愛もない話をするだけで、気持ちが浮上する気がした。
(ソルだって、ひと月ぐらい一鞍も勝てない時あったんだよな……)
その時、自分はどうしただろうかと思い出す。
(何も特別な事は言ってなかったな……。一緒に飯食いに行ったりしただけだった……)
雄太にしてみれば『それだけ』だっただろうが、純也は焦らせる事も必要以上に励ましてプレッシャーを与えたりしない雄太達に感謝をしていた。
(もしかして、今俺が勝てなくてジタバタしてるのソルも気づいたりしてるのかな……?)
寮に着いて車から降りた純也は、大きく手を振っていた。
「サンキュ、雄太ぁ〜。じゃあな。春さんによろしくなぁ〜」
「ああ」
雄太は開けた窓から手を出して振り返した。
チラチラと舞う白い空からの贈り物を手に受け止める。
手の平に乗った雪は直ぐに消えたが、コートの袖に乗った雪をじっと見る。
(お? 綺麗な結晶だな。理科の教科書に載ってるヤツみたいだ。……雪の結晶も色んなのがあるんだっけ……。俺のスランプとソルのスランプも違うんだろうな……。人それぞれ理由があって、人それぞれ解消方法が違う……。俺の勝てないってのが、いつまで続くか分かんないけど、いつか勝てるよな?)
雄太は焦る気持ちがあると勝てないと思い、春香と凱央の待つマンションへ戻っていった。




