423話
翌週は13日、14日、15日の三日間開催だった。
14日のG3で11頭立ての十着だった雄太は、またもや三日間で二勝と言う結果に、再びモヤモヤと胸に不安が広がっていた。
(何でだ……? 遠征じゃない……。一番近い京都だぞ? 移動疲れなんてないし、夜だってちゃんと眠れてる……。何が悪かった……?)
二週続けての三日間開催。両方、二勝と言う現実に、急速に『勝てなくなった』と言う気持ちが膨れ上がった。
(今まで……こんな事あったか……? 勝てない……。勝てない……。ちゃんと、展開も考えたし、追い切りだってやったんだぞ……? しっかり調教師と打ち合わせもしたし……)
何があったか分からない。何が悪かったかも分からない。
(とにかく……帰ろう……)
今日は、純也は鈴掛と中山に行っていていない。運転を代わってもらうにも、二週続けてだと、目敏い梅野には自分がおかしいと気づかれるかも知れないと思った。
(気をつけて……帰ろう……。事故ったら、シャレにならないからな……)
深呼吸を何度もして、気分を落ち着けて雄太は京都競馬場を後にした。
無事、草津に戻った雄太は平静を装い、風呂と夕飯を済ませた。
「ちょっと疲れてるから、今日は早く寝るよ。おやすみ、春香」
「二週続けて三日間開催だったもんね。おやすみ、雄太くん」
休みの前の日は、春香達と一緒に寝るようにしていたのだが、雄太は何となく一人になりたくて、別室で眠る事にした。
「……くん。雄太くんってば」
「……え? あ、春香……。もう起きる時間……?」
体を揺さぶる感じと名前を呼ぶ春香の声で雄太は目を覚ました。
「そうじゃなくて……。大丈夫? 凄い汗だよ?」
「……あ、本当だ……」
雄太は体を起こして、手の平で顔の汗を拭った。
真冬だと言うのに、顔だけでなく、体中が気持ちが悪いぐらいに汗だくになっていた。
「どうかしたの? 酷くうなされてたけど……」
「えっと……何か夢でも見てたのかな……?」
春香に言われて胸に手をあてると、バクバクとあり得ない早さで心臓が脈打っていた。
「とりあえず着替えた方が良いね。そのままだと気持ち悪いだろうし、風邪引いちゃうから」
「あ……うん」
春香は立ち上がると、雄太の寝室から出ていった。
(俺……怯えてる……? 何に……? 焦ってる……? 勝てない事に……か……。前は、春香が悪く言われる事が嫌だって思ったら頑張れたのに……。頑張れなくなった……? なぜだ……?)
勝ちたいと思って勝てる訳じゃないのは分かっている。
(空回りしてる……って、こう言うのを言うのか……?)
考えれば考える程に深みにはまっていく底なし沼のような感覚に鳥肌が立った。
「雄太くん、着替え持ってきたよ。背中とか拭くから脱いで」
春香は布団の脇に着替えを置いて、洗面器に入れてきた温タオルを手にした。
「あ……うん……」
雄太はボンヤリとしたまま、スウェットとTシャツを脱いだ。温かいタオルで背中を拭いてもらっていると、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
「……ごめんな。春香」
「ううん。何て事ないよ?」
「うん……。てか、今何時?」
「0時を少し過ぎたところ」
「そうか……。起こしてごめん。春香は寝られる時に少しでも寝ないと駄目なのに……」
雄太は小さな声で謝った。
「凱央が起きて、おっぱい飲ませて寝かせてたら、雄太くんの呻くような声が聞こえてきたの。雄太くんが起こした訳じゃないから気にしないでね?」
「そっか……。凱央は?」
「もう寝たよ」
背中を綺麗に拭いてもらい、新しいTシャツを身に着け、ふぅと息を吐いた雄太は、そっと春香を抱き締めた。
「雄太くん?」
「ごめん、ちょっとだけ……。ちょっとだけ、こうしてたいんだ……」
「うん」
心ここにあらずといった感じで話していた雄太が、黙ってすがるように抱き締めている様子に、何かを感じたのか、春香は何も言わずに抱き締め返した。




