422話
(何で……? 何で勝てなかった……?)
三日間開催だったのに、二勝しか出来ず不完全燃焼といった感じだった。
(理由……理由はなんだ? 馬の調子は悪かった訳じゃない……。俺だって、体調悪い訳じゃなかった……。じゃあ、何が悪かった……?)
胸の中にモヤモヤとした黒い靄が広がるような感覚に、雄太はボーッと調整ルームの壁を眺めていた。
荷物をまとめる手が何度も止まる。その日その日にしていた反省点を何度も考え直すが、納得が出来る答えが見つからなかった。
(こんなんじゃ、凱央の誕生を喜んでくれた人達に申し訳ない……。また、早くに結婚したからだとか、早くに子供を作ったからだとか、春香が悪く言われる……。俺は何を言われても良い……。春香が悪く言われるのは……嫌だっ‼)
深呼吸をして気持ちを落ち着けようとするが、胸の中で広がる真っ黒な点は波紋のように広がって行った。
(駄目だ……。こんな気分のまま車の運転をしたら事故するかも知れない……)
「雄太? 何してんだよ? 帰らないのか?」
「ソル……」
自分にあてがわれた部屋に布団を戻しに行った純也が、バッグを目の前に置いたまま固まっていた雄太に声をかけた。
「どうかしたのか? 顔色悪いぞ?」
「えっと……ちょっとな」
「体調悪いとかか? 運転出来るか?」
「ソルは……」
『勝てない時ってどうしてる?』と言おうとして、言葉に詰まった。
「へ? 俺がどうかしたか?」
「えっと……ごめん。車の運転してもらっても良いか? 何か調子が悪くてさ」
「そうなのか。ちょっと待ってろよ? 梅野さんに言ってくるから」
調整ルーム入りする時、梅野ときていた純也は梅野の部屋へと走って行った。
しばらくすると純也と梅野が雄太の部屋にきた。
「雄太、大丈夫なのかぁ〜?」
「梅野さん、すみません。何となく調子が悪くて……。事故りたくないから、ソルに運転を代わってもらおうかと……」
梅野はバッグを床に置くと、雄太の顔を覗き込んだ。
「熱ありそうな感じじゃないよなぁ〜? 風邪っぽくはないのかぁ〜?」
「疲れ……かも知れません。休み明けで三日間開催でしたし……」
梅野と話していると、荷物をまとめた純也が雄太の手元を見る。
「荷物は片付けたんだよな? なら、早く帰って横になれよ。風邪だったら、春さんや凱央にうつすの嫌だろ?」
「そうだな……」
自分でも分からない感覚を誰かに言って分かってもらえるだろうかと悩みながら、純也の運転で草津に戻った。
「ありがとうな、ソル」
純也は、マンションの駐車場に車を停めるとニッと笑った。
「何だよ、水くさいな。俺と雄太の仲だろ? 遠慮すんなって」
「そうだな。助かったよ」
雄太は、バッグを手にして、駐車場の出入り口に停まった梅野の車に、純也と向かった。
「梅野さん、手間かけました」
「良いってぇ〜。とりあえず、早く体を休めろよぉ〜?」
「はい。そうします」
梅野と純也は、手を振ると寮へ帰っていった。
「春香、ただいま」
「おかえりなさい、雄太くん」
にこやかに迎えてくれた春香を抱き締める。
(三日間で二勝しか出来なかった不甲斐ない俺を春香はどう思っただろう……)
テレビ中継を見て、雄太の勝ち鞍が二つしかない事は知っているはず。
ドキドキと不安な気持ちを抱えていた雄太に、春香はニッコリと笑った。
「お風呂入ってスッキリしてきてね。今日も冷えるから温まるように水炊きだよ」
「ああ。じゃあ、風呂入ってくるよ」
雄太は、何も言われなくてホッとした気持ちと、春香に胸の内を聞いてもらいたい気持ちを抱えて風呂に入った。
(春香に……。否、まだ今年のレースが始まったばかりだ。たった三日間で、勝てなくなったとか考えるなよ。春香に心配かけてどうするんだ……。次……来週頑張れば良いんだ。勝てない時もあるって分かってるだろ? ド新人じゃないんだから……)
何度も何度も考えて、自分を納得させた雄太だった。




