420話
夜になっても、雄太の眉間のしわは深くなったままだった。
リビングでコーヒーを飲みながら、また一日余計に春香達と離れる事を考えてしまう。
それに気づいた春香が雄太の前に座り眉間を指差した。
「雄太くん、また眉間にしわ寄ってるよ?」
「え? あ……うん」
雄太は、右手の人差し指で眉間をこする。
「三日間、凱央の夜泣きを気にせず寝られるんだしね?」
「夜中に目が覚めるより、三連泊の方がつらいんだよぉ……」
正月は同じ部屋で寝起きしたのだが、仕事が始まると部屋を別々にした。
それでも目が覚めてしまう時がある雄太の体調面を春香は気にしていたが、雄太は実家に戻るか自宅に戻るかと言う事を拒否していた。
「耳栓買ってくる……」
「へ?」
「俺は、春香達と一緒に居たいんだ。なら、俺が眠れる方法を模索するべきだろう? 俺の癒しと活力は、春香達なんだ。もし、耳栓でも眠れなくて寝不足になったら、実家に……はいきたくないなぁ……」
雄太の情けない声と表情に、春香は吹き出しそうになる。だが、雄太の本音が嬉しくて、そっと抱き締めた。
「遠征の時も、アメリカに行った時も、私や凱央の事を心配してくれてたもんね。ありがとう、雄太くん」
「そりゃ、心配するさ。春香は大事だし、お腹の中の凱央だって、何をおいても大事って思ってたし」
「うん。雄太くん、格好悪いところを見せないようにするから、こうやって本音言ってもらえるの嬉しいな」
「え……」
ふと考えてみる。春香と出会った頃から『格好良いと思われたい』と言う気持ちが大きかった。『大人に見られたい』『一人前の男になりたい』。そんな事ばかり考えていていた。
(俺、本音言ってなかったかな……? 心配かけたくないとか、春香の事を守りたいとか考えて、ちゃんと春香と本音で話して向き合えてたか……?)
抱き締めてくれている春香の体を抱き締めかえす。
凱央の世話をしている時は母親の顔をしているが、真剣な顔をしている時は、また違うしっかりとした大人の顔だ。
「あの……さ。格好悪いとか、情けないって思われるかも知れないけど……。俺、春香と居たいんだ。一緒が良いんだ。春香が一緒じゃないとヘロヘロになるんだ」
「うん。それは私もだよ? 雄太くんが一緒じゃないと萎れちゃうの」
「春香……」
春香への愛しさは変わらない。否、増している。その上に、凱央がいるのだ。
「フャァ〜」
「ん? おっぱいかな? オムツかも」
立ち上がった春香は、ヒョイと凱央を抱き上げ、新しいオムツを手にして世話を始める。
(春香は、情けない俺の事も受け止めてくれる……。こんなに小さくて、頼りなさげに見えるのになぁ……)
春香の見た目だと、男に頼って生きていそうだと思われる。だから、春香の内面を知った人達は驚くし、『意外だ』と言われるのだ。
(そう言えば、小園さんも『言っちゃ悪いけど男前な奥さんだよな。見た目は可愛いのに』って言ってたな。俺が遠征中に会ったって言ってたけど)
出会ってから色んな春香を見てきた。笑った顔も泣いた顔も、初めて好きだと言ってくれた顔も好きだと思ってきた。
(これからも、色んな顔を見たいな。俺も、もっと素直に春香と向き合おう。もう格好つけなくても良いよな?)
「雄太くん、手を洗ってくるから、凱央を見てて」
「ああ」
雄太は、オムツを替え終わった凱央を抱っこする。
「凱央〜。パパ、頑張ってくるからな? 良い子にしてるんだぞ?」
「アバァ〜」
「お? そうかそうか」
リビングに戻った春香が嬉しそうな顔で雄太の前に座る。
「凱央、パパに抱っこしてもらって良いね〜」
「俺の抱っこの仕方ってどうなんだろ?」
「安定してるって言うか、安心出来てると思うよ? 不安定だとか嫌な感じだと泣いたり、寝なかったりするから。雄太くん、良いパパだね」
ニッコリと微笑みながら褒められると嬉しさが込み上げる。
(俺って単純だよな)
春香の笑顔で何とかなりそうな気がした雄太だった。




