419話
1月3日の昼
「えっと……。三泊分だし……」
雄太は新年一発目のレースに出る為の荷造りをしていた。
(はぁ……。新年早々、春香と凱央を置いて、三泊もしなきゃなんないとかっ‼)
荷物を詰めながら、右手を握り締める。通常開催だと二泊の予定なのに、三日間開催だと三泊なのだ。
(まぁ、考えても仕方ないか……。俺の選んだ仕事だ。えっと……あ、ミニアルバムも入れなきゃな)
荷造りを終えて、リビングにいくと春香が凱央におっぱいを飲ませていた。
「雄太くん、荷造り終わった?」
「ああ。三泊分だからちょっと多いけどな」
「うん。今月は二回も三日間開催だね」
「そうなんだよな」
春香の横に座って、小さく溜め息を吐く。春香と離れるだけでも淋しい気持ちになるのに、愛しい我が子の凱央とも離れるのだと思うと『仕事だ』と思ってても離れがたい。
ンクンクと力強くおっぱいを飲んでいる凱央の頭をそっと撫でる。春香と凱央を見ていると、幸せな気持ちが胸いっぱいに広がる。
「あ、言い忘れてた。凱央の事、競馬新聞だけじゃなく、一般紙にも、雑誌にも取材されたんだよ」
「え? いつの話?」
「お義父さんが中山にきてくれたろ? あの翌々日の火曜日」
「それって、去年の……」
凱央が生まれ、ハイになっていた事もあり、すっかり忘れていたのだ。雄太は苦笑いを浮べた。
「さっき、ミニアルバムに凱央の写真を入れてて思い出したんだよ」
「それにしても。プッ。もう何日も経ってるのに。ふふふ」
春香に報告が遅れて怒るとか不機嫌になる事はないとは思ったが、吹き出した後、クスクスと笑い続けている。
「でさ、凱央の写真を載せたいって言われたんたけど断ったからな」
「うん」
雄太が春香の顔をマスコミに晒す事を躊躇していた。それは、春香も同じだった。今は、凱央の写真を載せられる事は拒否し、凱央を守りたいと言う気持ちが嬉しかった。
世間が雄太を注目しているのが嬉しくない訳ではないのだが、生まれたばかりの凱央を守りたい気持ちに揺るぎはない。
「もしかして、当日は号外出てたとか?」
「え? あ、うん」
「う〜。私、また雄太くんの号外もらえなかった。一回ぐらい、雄太くんの載った号外欲しいなぁ〜」
春香が雄太の載っている物を欲しがるのは、今に始まった事ではないが、号外は中々手に入らない。
都会では当たり前のように配られているが、田舎では無理に近い。
「もしかして、お父さんの写真載ってたりはしてないよね?」
「載ってないと思うぞ? お義父さんは一般人だし。使ってたのは俺の写真だろうな」
「そっか」
一安心した春香はホッと息を吐いた。
「ねぇ、雄太くんの写真って……凱央の事を知った時に泣いてたってヤツ?」
「えっ⁉」
春香に言われて雄太の目がまん丸になる。
「お父さんが言ってたんだよね。雄太くん、泣いてたように見えたって」
「え……あ……えっと……」
動揺した雄太の胸はドキドキと早鐘を打つ。
(あの時、雨が降ってたからバレてないと思ってたのに……。お義父さん、もしかして、凄く目が良い……のか?)
我が子が無事生まれて嬉しくて涙が出た事は恥ずかしい事ではないとは思うが、それを義父に見られたのは何とも言えない気持ちになる。
それ以上の観客席にいた人々にも、見られていた可能性もあるのだが。
「梅野さんも、こっそりと教えてくれたんだよね。雄太くん、泣いてたみたいだったって」
(う……う……梅野さんっ‼ 何で気づくかなっ⁉)
おっぱいを飲み終わった凱央をゲップさせようと春香が抱き起こす。
「俺がゲップさせるよ」
「え? あ、うん。お願いね」
凱央を春香の腕から抱きとり、縦抱っこをしてトントンと背中を叩く。
「コフッ」
「お、上手く出たな。凱央」
ゲップさせると寝かしつけるように横抱きにする。
(泣いてた事、上手く誤魔化せたかな?)
そんな事を思いながら、凱央を寝かしつけていた雄太だった。




