418話
「さっきのは……何て言うか……。うん、結構きたな……」
「うん。まさか、お父さんにバレてたとは思わなかった……。顔から火が出るって言うのを味わった気がする……」
直樹と里美が自宅に戻り、入浴を済ませた雄太は、リビングで烏龍茶を飲みながら苦笑いを浮かべていた。
確かに里美には事前にバレていた。だが、直樹に知られたら、かなりのお説教を喰らうのは避けられないと雄太達は思っていたのだ。
「お母さんに知られただけでも、どうしようって思ってたのに、まさかお正月の時点でお父さんが知ってたとは思ってなかったよ」
「穴があったら入りたいっての……俺、初めて経験したかも知れない……」
「だね……。私、穴がなかったら掘ってでも入りたかったよ」
「マジで、そんな感じだったな」
結婚をして、子供を授かり、目の前でスヤスヤと眠る凱央がいる今でも、初めての経験の話をされるのが、こんなに恥ずかしい事だとは思わなかった。
「冷や汗って……本当に出るんだね」
「あんま経験したくないけど、貴重な経験したかもな」
「うん」
雄太は、そっと春香の肩を抱く。春香と迎えた三度目の新年。春香も凱央も外出が出来ないから、ずっと家にいるしかないけれど、それでも三人で新年を迎えられた事が感慨深い。
春香は雄太の肩にそっと頭を預ける。
「春香と三度目の正月……。あっという間だったな」
「そうだね。来年も再来年もずっと雄太くんと子供と新年を迎えるんだって思ってるよ」
「そうだな」
1月2日から仕事が始まる雄太と旅行をする事はないだろうと春香は思っていた。雄太も海外騎乗する時に春香達を連れていければと思っている。
新年は一緒に栗東で迎える事になるだろう。たまには、東雲で新年を迎えるのも良いかも知れない。
大晦日まで仕事で、正月は挨拶周りもしなければならないから現実的ではないが。
「明日から仕事だし、日常が戻ってくるな」
「お正月休みって言っても一日だけだもんね」
明日から雄太は仕事だ。また、早起きの日々が始まる。
「また一年、春香には心配かけたり、マッサージとかサポートお願いするけど、よろしくな?」
「うん。落馬とか気になるけど、騎手をしてる雄太くんが好きなんだもん。だから、ドンと来いだよ」
無邪気に笑う春香は、今でも未成年と言っても通じそうだと雄太は思っていた。
(本当、この可愛さでこんな逞しい発言するんだもんな)
以前、慎一郎に春香のどこが気にいったのか訊いた時に『男気がある』と言っていたのを思い出した。
その時は『男気っ⁉』とは思ったが、雄太より肝が座る事がある春香は、男気があるのかも知れないと思った。
(人は見かけによらないってのは春香みたいなのを言うのかも知れない)
「あ、健人に会ったんだよ」
「会えたんだぁ〜。良かった」
「余分のお年玉持っていってて良かったよ」
「うん。健人くん、元気だった?」
「ああ。凱央に会えるの楽しみにしてるって言ってたぞ」
春香に御守りを渡してくれた時も、凱央が産まれるのを楽しみにしてくれていた。その後も、散歩をしている時に会ったりもしていて、大きくなった春香の腹を愛おしそうに撫でていたのだ。
「健人くん、凱央の良いお兄ちゃんになってくれそうだね」
「そうだな。競馬学校にいってる間は会えなくて、凱央が寂しりそうって思ったりもするんだよな」
「うん。凱央の良いお兄ちゃんにもなりそうだけど、雄太くんを驚かせるぐらいの良い騎手になって欲しいな」
強力なライバルは多い方が良い。それは、春香だけでなく雄太も思っている。
純也も言っていた『負けるもんか』と言う意思とモチベーションが上がるのだ。
「健人みたいにガッツのあるヤツがライバルか。若さで押し切れる程、俺は甘くないと教えてやらないとな」
「雄太くん、嬉しそうだね」
「俺だって、いつまでも若手じゃないし、後からくるヤツに、鈴掛さんのように背中を見せ付けてやるんだ」
「うん」
新年早々、ヤル気が満ちている雄太だった。




