417話
「ただいま」
「雄太くん、おかえりなさい」
ドアを開けると春香が笑顔で出迎えてくれた。抱き締めて、ただいまのキスをする。
「凱央は?」
「さっきまで起きてたの。おっぱい飲んだ後、お母さんが寝かしつけてくれたよ」
「そっか。あ、父さんも母さんも喜んでたぞ。それと、挨拶状は誰もかれも喜んでくれてさ」
「良かった。挨拶状は、お父さんとお母さんに言ってあげて。雄太くんが帰ってくるの待っててくれてるから」
「ああ」
雄太は洗面所に行き、手と顔を洗いうがいをしてリビングに向かった。凱央が生まれてから、今まで以上に風邪の予防などには気をつけている。
「お義父さん、お義母さん。只今戻りました」
「おう。おかえり、雄太」
「お疲れ様、雄太くん」
直樹達の笑顔を見ると、まだ一ヶ月にもならないのに『家に帰ってきた』と言う感じになる。
(お義父さんとお義母さんの人柄……なんだろうな)
春香が入院中も、実家に戻らずに直樹達と過ごせたのも、二人の優しい性格と、雄太を家族として接してくれているからだろう。ありがたいと雄太は思っていた。
四人でテーブルを囲み、直樹が奮発したカニ鍋を味わう。
「美味しいなぁ〜。これ、越前ガニだっけ?」
「本当、贅沢だよな」
「この正月は、お前達がいるからって思ってな」
「ありがとうございます、お義父さん」
雄太に礼を言われると、直樹はニッコリと笑う。
「雄太は、春の大事な大事な旦那様だからな。だから、雄太も大事なんだ」
直樹に大事と言われて、照れくささが広がる。もしかして、直樹は酔っ払っているのかと思ったが、さほど呑んでないようだ。もしかして、いい感じに酔っ払うと明日の仕事に差し障りがあると里美に怒られるのかも知れないと雄太は想像した。
朝に出来なかった今年の抱負を述べ合う。初めて一緒に正月を過ごした時と同じ風景に、雄太も春香もにこやかに笑っていた。
雄太、春香、里美は緑茶、直樹はビールを飲みながらのんびりと話していると、直樹がフッと何かを思い出したように顔を上げた。一瞬の間があり、春香と雄太を見た。
「俺さ、ずっと二人に言おうと思ってた事があったんだよなぁ〜」
「え? なぁに、お父さん」
「はい? 何ですか?」
直樹はビールを一口呑んで、雄太達をチラリと見て、フッと小さく笑った。
「まぁ、今更っちゃあ今更なんだけどな。結婚前の正月……一昨年の大晦日さ、雄太泊ってたろ?」
「ブッ‼」
「え……あ……」
雄太は思わず吹き出した。春香も目が泳ぐ。
「お前達は、雄太は朝に来ました〜って風にしようとしてたけどな」
直樹はニマニマと笑いながら、また二人を見る。雄太は何も言えずにヒクヒクと頬を引きつらせていた。
「ど……ど……どうして……?」
「服はきちんとしてたけど、雄太が靴下履いてなかったからな」
「く……靴下……?」
動揺した春香がふと思い返してみる。
(そうだった……。うっかりしてた……)
慌てて上の服を着てとは言ったが、雄太は裸足だったはずと思い出すと、顔が熱くなる気がした。
「直樹ったら、そんな処を見てたのね」
里美は雄太の靴下には気がついていなかったようだ。
「……お父さん、気づいてて黙ってたのは何で?」
「ん? まぁ、言いたい事は山程あったけど『野暮だな』って思ってさ」
「す……すみません、お義父さん……」
ようやく雄太は小さな声で言う。
「雄太だって男だしな。実際、泊まりをしたいって言っても、春がOKしなきゃ実現しなかったろうしな」
(うぅ……。そうですが、お義父さんっ‼)
「まぁ、その後、毎週泊ってたしな」
(うぉ〜っ‼ そりゃ、駐車場に俺の車置いてたらバレる……か)
「マスコミへの対応とかで、春を大切にしてくれてたのは分かってたしな。何より春が幸せそうだったし。ちゃんと結婚もしたろ? 凱央って宝物も授かった事だし水に流そう」
「アリガトウゴザイマス……」
ニヤリと笑う直樹に棒読みで返した雄太の背には脂汗がつたっていた。




