416話
「父さん、母さん。明けましておめでとう」
「おお、雄太。挨拶周り終わったんだな」
「雄太、おめでとう」
挨拶周りの最後に実家に顔を出した雄太を、慎一郎も理保も満面の笑みで迎えた。
「これ春香が、父さんと母さんにって」
雄太はテーブルにつくと保冷バッグを差し出した。
「え? 春香さんからか?」
「ああ。そんなにたくさんじゃないけど、煮物とか父さんのお気に入りのキンピラごぼうとか入ってる」
退院したばかりなのに、婚家に差し入れをしてくれた嫁の心遣いに、慎一郎も理保も嬉しさが溢れるが心配もしてしまう。
「春香さんの体の方は大丈夫なの? 退院したばかりなのに」
「そりゃ疲れやなんかはあるけど、じっとしてるのが嫌いだからって言ってた。凱央が夜もよく寝てくれてるから、寝不足も殆どないみたいなんだ」
理保はコトンと緑茶を雄太の前に置くと、保冷バッグのファスナーを開けた。
中にはタッパーに入った惣菜がいくつも入っていた。覗き込んだ慎一郎が、物欲しそうに理保の顔を眺める。
「はいはい。分かってますよ」
理保は苦笑いを浮かべると、小皿と箸を取りにいった。ホクホク顔の慎一郎の表情を見て、雄太も苦笑いを浮べた。
「あ、それとこれ」
「ん? 何だ?」
雄太はバッグから挨拶状を取り出すと慎一郎に差し出した。
「お〜。凱央じゃないか。春香さんも」
(息子の俺は見えてないのかよぉ……)
小皿と箸を置いた理保も嬉しそうに挨拶状を覗き込む。
「あらあら。良いじゃない」
「年賀状は届いたが、まさかこんな良い物をもらえるとはな」
理保は、慎一郎の晩酌の準備をしにテーブルから離れた。
雄太は挨拶状を作る経緯を話し、慎一郎はうんうんと頷いていた。
「東雲さん達は若いだけあって、そう言う文明の力に詳しいのだな。儂は、サッパリ分からん」
「俺もだよ。説明してもらってもサッパリだった」
理保に日本酒を注いでもらい、春香のキンピラごぼうを食べながら慎一郎は話す。
「関係者の方々は凱央が生まれた事を新聞やテレビで知ってくださっただろうとは言え、こうやって挨拶状をお渡しするのは良い事ね」
「そうだな。古臭いと言われるかも知れんが、ちゃんと挨拶をしておいて損はないからな」
慎一郎に代わり、理保が時節の挨拶を欠かさないのは雄太も知っている。
直樹達は客商売をしているから時節の挨拶や付き合いなどをしっかりとしているし、それを傍で見てきた春香も身についているようで、雄太は安心していた。
「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ。明日も早いしさ」
「ん? そうか。春香さんや東雲の皆さんによろしくな」
「ちゃんと伝えてよ?」
「分かってる。じゃあ、またくるから」
雄太は帰りに、建築中の新居を見に寄ってみた。
(もう直ぐ完成するんだな。俺と春香と凱央の家が……)
家が建つ前、土地の時点から分不相応ではないかと一部メディアに書かれていたのは知っていた。
確かにG1騎手にはなったが、まだ雄太は若手と言われる年齢だ。一般的に大きな家を建てる者は極稀であるのも分かっている。
(けど、頑張れば、こう言う家も持てるんだって言うのを見せなきゃならないって、辰野調教師も父さんも言ってたしな。俺自身が頑張ろうってモチベーションを上げられるんだ。春香も良いって言ってくれたしな)
広めの土地にしたのは、何年か先に慎一郎達と敷地内同居も考えていたからだ。
慎一郎は、敷地いっぱいに家を建てないのはなぜだと訊ねてきた。
「今は、お義父さんお義母さんは同居を考えてないとおっしゃいましたが、いずれ敷地内同居をしたいと考えてるんです。だから、家を敷地の西側に寄せたんです。それまでは、東側は庭にして子供達が遊べるようにしておこうと思ったんです」
春香がそう説明すると、慎一郎も理保も嫌とは言えず頷いた。
しかも、春香が『子供達』と言ってくれた事で、複数の孫と遊んで暮らせる日を心待ちにしている慎一郎と理保だった。




