414話
1990年1月1日
「春香、明けましておめでとう」
「明けましておめでとう、雄太くん」
父親、母親になり初めての正月。関係者への挨拶周りをしなければならない今日の雄太は慌ただしくなりそうたと思いながらも、春香を抱き締めてキスをする。
(せっかくの休みなのに、ゆっくり出来ないんだよなぁ……)
テーブルに置いてあるお雑煮の白味噌の香りを吸い込む。
「お餅は三つね」
「ありがとう。いただきま〜す」
手を合わせてからフーっと息を吹きかけて口にする。
「はぁ〜、美味いなぁ〜。俺、春香の雑煮好きだな」
「えへへ。そう言ってもらえるの嬉しいな」
「何が違うか分からないんだけど、まろやか……って言う感じかなぁ〜」
味わいながら笑ってる雄太の姿を見ていると、春香はもっともっと料理を頑張れると思っていた。
「あ、今日は何時に帰れるか分からないんだ」
「挨拶周りなんて、自分の立てた予定通りにはいかないって分かってるから大丈夫だよ?」
「だな。帰れる時に電話するから。お義父さん達の所にいてくれるか?」
「うん」
直樹達も初詣に行ったり、双方の実家に顔出しをするはずだが、娘である春香が家にいてもおかしくはない。
雄太は雑煮を食べ、手土産と挨拶状手にすると、名残惜しそうにしながらも出かけていった。
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
「おお、雄太。おめでとう。今年は更に頑張らないとな」
深々と頭を下げた雄太に和装姿の辰野が満面の笑みを浮かべる。
「はい。凱央にも良い格好したいですし、昨年以上に頑張ります」
「うむ。そうだな。それにしても、お前が父親とはな。儂も歳をとる訳だ」
そう言って大きな声で笑う辰野に雄太は辰野厩舎に配属された事に改めて感謝をする。
子供と言われる歳の雄太と春香との付き合いを許してくれて、仲人までつとめてくれたのだから。
「この写真付きの挨拶状はよく間に合ったな? 凱央が生まれてから業者に頼んだとしたら無理だっただろう?」
辰野が手にしているのは『新しい家族が増えました』と書かれている挨拶状。雄太、春香と共に凱央が写っている写真がプリントされている。
「ああ。それは、お義父さんとお義母さんが家で作ってくれたんです。写真をパソコンで取り込んで……とか詳しい事は俺には分からないですけど」
「春香さんのご両親がか。雄太は良い方々と縁が結べて良かったな」
「はい」
時は12月24日に遡る。
「なぁ、今から凱央との年賀状って出来ないかな?」
「え?」
「ほら、写真付きの年賀状ってヤツ。あ、もしかして年賀状もう出した?」
「うん。21日に」
「そっかぁ……。じゃあ、凱央との年賀状は来年作るか」
二人で話していると、缶コーヒーを飲んでいた直樹がニッと笑う。
「雄太は正月に挨拶周りにいくんだろ? なら、その時に関係者さん達に手渡しする写真付きの挨拶状を作るってのはどうだ? 凱央とのスリーショットの写真付きで『家族が増えました』みたいなのをさ」
「え? でも、写真の現像って直ぐには出来ないんじゃないんですか? それに印刷してもらうのも……」
雄太が不安そうな顔で直樹に訊ねる。
「俺の知り合いに現像出来るヤツがいるから頼んでみるよ。印刷はパソコンとプリンターがあれば出来るぞ」
「え? そうなんですか? 文章だけかと思ってました。俺、そう言うの疎くて……」
「任せろって。じゃあ、写真撮ってやる」
直樹は病室に持ち込んでいたカメラで雄太達の写真を何枚も撮った。
「これだけ撮れば良いのあるだろ」
「そうだね。あ、とりあえず雄太くん。早く家に戻って休んで。疲れてるでしょう?」
「あ……うん。そうするよ」
「お父さんも。東京まで行ってくれてありがとう」
「ん? あ、そうだな」
話が弾んでしまい、気がつけば結構な時間になっていた。
雄太と直樹は、自宅へと戻っていった。
並んで帰っていく後ろ姿を春香は幸せそうな顔で眺めていた。




