413話
食器類を片付け、一息ついている時、凱央が起きた。
「フャァ〜。フャァ〜」
「あ、そろそろおっぱいかな。その前にオムツ替え……」
「俺が替えるよ」
「あ、うん。お願いね」
雄太は、新しいオムツを取り出し脇に置いて凱央を抱き上げる。
「凱央、サッパリしような〜」
ベビードレスの裾のボタンを外して、汚れたオムツを取り新しいオムツを置いてベビーパウダーをはたく。
「気持ち良いか? ああ〜っ‼」
雄太の声に、コーヒーカップを片付けた春香が歩み寄る。
「雄太くん、どうかし……あ」
「ビショビショだ……」
新しいオムツあてる前に、凱央がおしっこをしてしまった。
「ど……どうしたら……」
「落ち着いて。凱央にはかかってないよね。雄太くんは大丈夫?」
雄太がアタフタとしているうちに、春香は新しい肌着とベビードレスを衣類カゴから出す。
「ああ。でも、長座布団が……」
「うん。私がするから、雄太くんは手を洗ってきて」
「分かった」
春香はバスタオルを出して、そこにベビードレスと肌着をセットして置いた。
ベビードレスを脱がせて、バスタオルの上に寝かせて着せて、新しいオムツをあてる。ボタンをとめて、凱央の濡らした長座布団やベビードレスを手にリビングを出た。
「凱央ぉ……。噴水するなよぉ……」
リビングに戻った雄太はバスタオルの上の凱央のほっぺたをつつく。
何度かオムツを替えたが、まさかオムツを外してからおしっこをされるとは思ってなかったのだ。
(長座布団、洗濯出来るタイプのにしておいて良かったなぁ〜。それにしても、まさか雄太くんがオムツ替えする時にやっちゃうなんて、凱央ったら)
さっきの雄太の慌てっぷりを思い出すと笑いが込み上げる。
春香のマンションの下の階は東雲マッサージの店内。隣は倉庫と直樹達の自宅。真夜中でも気にせず洗濯が出来て良かったと思いながら洗濯機のスイッチを入れた。
手を洗ってリビングに戻ると、雄太は気まずそうに春香を見た。
「雄太くんが悪かった訳じゃないから。こんな事もあるよ。雄太くんだってしたかもよ?」
「そうかなぁ……」
「お義母さんに訊いてみたら?」
「……やめとく」
春香がおっぱいをあげる為に凱央を抱き上げる。
「泣かずに待ってて偉いね〜。おっぱい飲もうね〜」
春香の隣に座って、幸せそうにおっぱいを飲む凱央を見ていると笑みがこぼれる。
「これからは、ベビーパウダーはたいたらサッとオムツあてるよ。そんなにモタモタしてた覚えはないけど」
「雄太くん、オムツ替えるの上手くなってきたもんね」
「最初はちゃんと出来なかったからなぁ〜。何事も経験だな」
「うん」
雄太は、同じように『初めての子育て』をしている春香が、ちゃんと抱っこをしたり服を着せたりオムツが出来ているのはなぜかと考えていた。
(こう言う言い方って、世間的にはどうなのかと思うけど、女の人って生まれながらに母親が出来るのかなぁ? 母性ってヤツ?)
チラリと春香を見ると、凱央を見る表情が柔らかな母親の顔をしていた。
(春香のこう言う柔らかな顔も良いな)
そう思いながら、凱央の指に右手の人差し指をあてると凱央がギュッと握ってくれる。小さな指で握り締められると幸せが胸いっぱいに広がる。
「あ、除夜の鐘が鳴りだしたな」
「あ〜。本当だぁ〜」
二人で初めて聞いた除夜の鐘と同じなのに、三人で聞くと違って聞こえる。
「春香」
「なぁに?」
「一年間、いっぱい助けてくれてありがとう。俺の子を産んでくれてありがとう」
雄太の言葉に、春香が満面の笑みを浮かべる。
「雄太くん。一年間いっぱい頑張ってくれてありがとう。いっぱい支えてくれてありがとう。凱央を授けてくれてありがとう」
「来年は、新しい家での生活が始まるな。凱央の世話で大変な事も多いけど、頑張っていこうな」
「うん」
1989年が終わろうとしている。その瞬間に三人でいられる幸せを噛みしめていた雄太と春香だった。




