411話
煮物などを作り、雑煮の準備を終えた頃、雄太のファンであり、春香の疑似父親の寿司屋の大将から寿司が届いた。
「大将、ありがとうございます」
「おう。赤ん坊も元気か?」
「ええ。春香も凱央も元気です。大将のお寿司を楽しみって言ってました」
「そうか」
寿司屋の大将と会いたいと思っていた春香だったが、タイミング悪く凱央が泣き出してしまったのだ。今頃、オムツを替えて、おっぱいをあげているだろう。
「んじゃ、春ちゃんによろしく言っといてくれや。あ、来年も頑張ってくれよ。応援してるからさ」
「はい。大将も良いお年をお迎えください」
雄太と会えた事で、大将は嬉しそうに笑いながら帰って行った。相変わらずサービス満点の重い桶を抱えて部屋に戻った。
「春香、大将がよろしくって」
「あ、ありがとう。それ置いたら、お父さん達を呼んできてくれる?」
「ああ、分かった」
大きな桶をテーブルに置いて、春香に抱かれている凱央を見る。お腹いっぱいになったのだろう。眠そうな顔をしていた。
「やっぱり、春のキンピラごぼうは美味いな」
「私もよ。どこのより春香のが一番だわ」
大きな寿司桶を真ん中に置いて、春香が作ったオカズをつまみながら、一年間の労をねぎらう。
「お義父さん、どうぞ」
「お、ありがとう」
直樹は雄太にビールを注いでもらいご満悦だ。
「お母さんも呑めば?」
「酔っ払った直樹のお世話しなきゃだし、やめておくわ。この汐汁で充分よ」
「そう?」
凱央は、長座布団に寝かされ、スヤスヤと眠っている。その寝顔を見ながら、里美は嬉しそうに笑った。
「凱央は、本当によく寝てくれるわね
」
「うん。起きてる時もご機嫌で、あまり泣かないから、寝てるか起きてるか分からない時があるよ」
「おとなしいのかしら?」
「お腹にいる時は、結構やんちゃって感じだったけどね」
春香は、理保に雄太が生まれた時の話を聞いた。
『そうね。おとなしい……とは言えなかったわね。よく掛け布団を蹴り飛ばしてたわ。幼稚園に入るって頃にはトレセンの中をあちこち走り回ってたし。馬房の中には入っちゃ駄目って言うのは守ってたけど』
凱央を抱っこしながら、理保は幸せそうな顔をしていた。待ち望んでいた孫を抱きながら、雄太の赤ん坊の頃を思い出していたのかも知れない。
春香が産まれた時、祖母は喜んでくれたが、実親は溜め息を吐いていたと聞いた。
物心がついた頃から『要らない子』と言われていたから、ある程度の歳になった頃の春香の心にあったのは『そんなに要らなかったなら堕ろせば良かったのに』と言う気持ちだった。
(例え要らない子であっても、産んでくれた事には感謝出来る……。雄太くんに出会えて、凱央を授かる事が出来たんだから……)
結婚前に実母の遠縁の女性が訪ねてきてくれた事があった。その時に、生まれた子供が女の子だったから要らなかった。男だったら稼げると思っていたのだろうと教えてくれた。
その実親の裁判は、まだ続いていると弁護士から聞いた。貧しさ故にと言う情状酌量を願えば、少しは刑期は短くなるからと言ってきた弁護士は、頑なに出廷を拒否する春香の事を薄情な娘だと思っていただろう。
春香が子供を産めば、親の気持ちが分かるからと、また説得にくるのではないかと雄太は危惧していた。
だからこそ、早く新居に移りたいのだ。高い塀としっかりとした防犯対策を施してある。モニター付きインターホンにして、外に出なくても良いようにするのも春香の為だ。
(春香の笑顔を守る為なら、俺はどんな事でもするからな。俺がいない日でも、安心して過ごせる家造りする。それが、春香と子供への愛情だ)
設計の話が進むにつれ、雄太の防犯意識は高まり、一階の窓の形状の変更もした。あらゆる防犯対策本を読みあさり、これでもかと言うぐらいの防犯対策を施す予定だ。
調教終わりに、新居の建築の進捗具合を見に行き、春香と凱央と三人の暮らしを想像するだけで、ワクワクする雄太だった。




