第16章 新しい家族と初めてのスランプ 408話
12月31日
春香と凱央の退院の日。
「重幸おじさん、色々ありがとう」
「かまわん。てか、床上げまでいても良いんだぞ?」
「んもう〜。そんな贅沢が出来る訳ないでしょ?」
ワンピースに着替えた春香と水色のベビードレスの凱央を帰すまいと、重幸は無駄な抵抗する。
「兄さん……諦めろよ……」
「お前は、一月末まで春香と暮らせるから良いよな。春香、ここなら看護師もいるし、眠かったら新生児室で預かれるんだぞ?」
迎えにきた直樹が苦笑いを浮かべ、重幸は更に抵抗を試みる。
「重幸おじさん。私は、雄太くんと一緒にいたいの。分かって」
「うう……」
そこに会計を終えた雄太がきた。日曜日で、しかも大晦日だと言うのに特別に会計を開けていてくれた重幸に対し、呆れ顔の春香と直樹を見て状況を理解する。
(いつもの……だな?)
「重幸さん。春香と凱央に手厚い対応ありがとうございました」
雄太がキリッとした顔をして丁寧に言い深々と頭を下げると、重幸が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「騎手の顔をして言うなよぉ……。引き留められないだろう?」
「鷹羽雄太じゃ、東雲重幸には勝てませんから」
「お前、策士だな」
ボリボリと頭を掻きながら、重幸は雄太を見詰めた。
「本当に感謝してるんですよ? 色々とありがとうございました」
「俺は、春香の婿の鷹羽雄太には勝てるが、騎手鷹羽雄太には勝てないと言う事が判明したな……」
重幸は悔しそうな顔をして、雄太を見た後、春香を見詰めた。
「おじさん、一ヶ月健診の時に顔を出すから、ね?」
「分かった。何かあったら連絡してくるんだぞ? 春香だけじゃなく、凱央もな?」
「うん。ありがとう。私、重幸おじさんがいてくれて良かって思ってるからね?」
春香の言葉にデレデレした重幸を見ると、春香の疑似父親達は、皆同じようなんだなと雄太は心の中で爆笑していた。
「ただいま、お母さん」
「おかえり、春香。おかえり、凱央」
雄太は荷物を室内に運び入れ、直樹は仕事着に着替えに自宅に戻っていた。
春香は、あえて凱央を抱き、店に顔を出した。
駐車場に入る手前で、見知った顔が見えたからだ。
「春ちゃんや。その子が凱央ちゃんじゃの?」
「はい、川下のおじいちゃん。凱央です」
目を細め、凱央の手を握ってくれる。
「おぉ……。可愛いな。春ちゃんにそっくりじゃな。写真で見るより可愛いぞ」
「川下のおじいちゃんに喜んでもらえて良かった」
シワシワの手で凱央の頭を撫でながら、薄っすらと涙ぐむ姿は、実の祖父のようだった。
春香が店の手伝いをし始めた頃から、実の孫のように可愛がってくれた。痩せっぽちだった春香に、上生菓子やケーキを買ってきてくれては、待合の隅で食べさせてくれていた。
「儂にしたらひ孫みたいなモンだからな。元気で生まれてきてくれてありがとうよ、凱央ちゃん」
「おじいちゃん、抱っこしてあげてくれる?」
「そうじゃな。たくさんの人に抱っこしてもらえた子は人に愛される子になると言うからのぉ」
春香は知らなかったのだが、この地域では、そう言う言い伝えがあるようであった。
言い伝えや風習は、迷信であると言われがちではあるが、子供が愛される子になるのならと春香は思っていた。
「そうじゃな……。落としたらと思うから、座って抱っこしようかの?」
「うん。じゃあ、ここに座って」
長椅子に座った状態の腕にそっと凱央を抱かせる。
「おお。おとなしいのぉ。赤ん坊の良い匂いじゃな」
そこに、荷物を置いて店に下りてきた雄太が声をかけた。
「川下さん、良かったら写真撮りましようか?」
「お? 鷹羽の坊か。坊の赤ん坊を抱かせてもらえるとは、儂は思ってもなかったぞ」
「じゃあ、雄太も入れて撮りましょう」
「川下のおじいちゃん、そうしようよ」
「ああ」
着替えてきた直樹の提案で、凱央を抱き、春香と雄太を両脇に配した写真を撮る。
本当の祖父と孫夫婦に見える姿は微笑ましかった。




