406話
雄太が抱いている凱央を鈴掛と梅野が覗き込む。凱央は泣きもしないで、おとなしく雄太に抱かれていた。
「本当、小さくて可愛いな」
「ほっぺたプニプニだなぁ〜」
新生児ベッドに寝ている時より近距離で見る凱央に鈴掛と梅野の目尻が下がる。
「直樹先生。本当に目元は春香ちゃんに似てますね。綺麗な二重瞼だし、睫毛が長くて」
「だろ? 春に似て可愛い目をしてるんだよ」
鈴掛に言われて、直樹がデレデレと言う。
「お父さん。爺バカになってるよ?」
「春。孫は可愛いんだよ。無条件にな?」
完璧にお爺ちゃんモードの直樹は、しみじみと言う。
「分かるけど、目元は雄太くんにも似てるんだからね?」
「タレ目は春だろう?」
「雄太くん……。私の目って……タレ目……?」
「え? 春香はタレ目だろ?」
直樹に言われて、春香は雄太を見上げる。春香が口元に手を当てる。
「ん?」
「……タレ目って色っぽくない気がするんだけど」
「あはは……」
「笑い事じゃないもん」
やはり色っぽくなりたいらしい春香は頬を膨らませる。
「春香は今のままで良いんだ。俺は可愛い春香が好きなんだからな?」
「えへへ」
コソコソと話す二人を見ていた梅野が凱央の握り締めた手をスリスリと触れる。
「何で赤ちゃんって、ずっとグーにしてるんだろぉ〜?」
「おばあちゃんは、赤ちゃんは夢や希望を握り締めて産まれてくるからグーなんだよって言ってましたよ?」
優しかった祖母が生きていてくれたら、きっとひ孫の凱央を見て泣いて喜んでくれたたろうと思う。
裁縫が得意だった祖母なら、宮参りの衣装もしつらえてくれてくれていたかも知れない。
祖母の墓は、祖母生まれ故郷で兄弟姉妹がいる神戸にある。浮気をして出て行った祖父とは離婚後、一度も会う事もなく再婚もしなかった祖母。雄太と結婚した報告に墓参りに行った事がある。
(おばあちゃん……。ひ孫の顔を見せに行くからね)
春香の実親は、祖母の兄弟姉妹にも迷惑をかけていたらしく、春香と縁を切りたがっていたので、顔を合わせずに墓参りしか出来ていない。
「俺も、それ聞いた事があるな」
「鈴掛さんも?」
「ああ。ただな、赤ん坊の手って、気が付いたら開いて寝てるんだよ。それに気付いた時、『こんな赤ん坊で夢や希望が手から溢れ落ちるなんて、世の中ってつらい事の方が多いのか』ってショックだったんだよな」
鈴掛に言われて、抱っこをした凱央の手を雄太は見詰めた。
「俺、凱央にずっと夢や希望を握ってて欲しいな」
「うん。私もそう思うよ」
いずれつらく悲しい事を経験するだろうとは思うが、それを上回る夢や希望があればと思う。
「ヨーロッパだったかな? どこかは、銀のスプーンを咥えて産まれてくる赤ん坊が……ってのあったよねぇ〜?」
「何ですか、それ?」
「実際は、そんなの無理だよね?」
梅野が、顎に手をあてて少し上を向きながら言うと、雄太と春香の目が丸くなる。
「銀のスプーンを咥えてってのは、お食い初めの時に純銀のスプーンを使うと一生食べるのに困らないとか、富の象徴とかが、変化していったんじゃなかったかな?」
「お父さんは、知ってるんだ?」
「ん? 何か昔聞いたって感じだから間違ってるかも知れんがな。まぁ、お食い初めは鷹羽家の方の風習に合わせるだろうけど、記念として銀のカトラリーはプレゼントさせてくれ」
直樹は、ジッと雄太を見ながら言う。
「純銀じゃないのでお願いします」
「ああ、そこまではしないさ。雄太と無駄に贅沢させない約束したしな。凱央の名前入りのカトラリーセットで我慢するよ」
「はい。楽しみにしてます」
そうこう話してる内に、凱央がホワホワと欠伸をし始めた。
「ん? 凱央、眠いのか?」
「そうみたい。背中を軽くトントンしてあげて」
雄太が右手で軽くリズムをとりながらトントンしていると、凱央はゆっくり目を閉じた。
凱央の小さな小さな寝息を聞いていた雄太達は幸せな気持ちでいっぱいになった。




