401話
中山競馬場 9R 第34回有馬記念 G1 15:25発走 芝2500m
雨の中山競馬場に詰めかけた多くの競馬ファンは今か今かと待っていた。
テレビを見ている春香もドキドキとしていた。
(雄太くん……。頑張ってね)
冬の風が雨に濡れたカームのたてがみを揺らす。
「カーム、頑張ろうな。お前なら大丈夫だ。調子も良いんだしな」
いつも通り、首筋をポンと叩いてやると、カームは首を振りスッと顔を前に向ける。
高らかなファンファーレと人々の歓声が競馬場に響き渡る。
「さぁ、行こう」
ガシャンっ‼
ゲートが開いて、カームは綺麗にスタートをきる。そのまま先頭集団にカームはいた。
ドドドッと腹に響く蹄鉄が芝を蹴り上げる音とバチバチッとゴーグルにあたるキックバックの音が雄太の耳に届く。
逃げ馬でもない限り、キックバックを喰らうのは仕方がないが、時に傷を負ってしまう事もある。
(雨の所為で泥はねが酷いな……)
砂や泥をかぶる事を嫌がる馬もいる。幸い、カームはそれ程嫌がる事はなかった。
ただ、冬枯れの芝コースはダートに近いぐらいに荒れていて、スタミナが削られる。
(それでも……行けるはずだっ‼ 落ち着け。まだ……早いっ‼)
2500mの半分を過ぎても、カームは変わらず先頭集団にいた。
(カーム……。雄太くん……。頑張ってっ‼)
さすがに病院で大声を出す訳にもいかず、春香は心の中で叫び続けていた。
拳をギュッと握り締め、テレビの画面を見詰める。
画面の中、カームが必死で走っている。雄太がしっかりと前を見詰めている。その姿に胸が熱くなる。
「フヤァ〜」
新生児ベッドから聞こえた泣き声に春香はニッコリと笑ってベッドを下りる。
「はいはい。オムツかなぁ? お腹はまだすいてないよね?」
オムツを確認して、素早く新しい物に替えてやり、抱っこをする。
「ほら、パパ頑張ってるよ。カームも一生懸命走ってるよ」
胸に抱いた小さな小さな宝物に話しかける。
「後数時間したらパパに会えるよ。応援しようね」
雨の所為で少し見にくいが、何度も画面に雄太とカームが映る。
4コーナーを過ぎ、直線に向いたカームは前に出た。だが、他の馬達も負けじと追いすがり競り合いを繰り返していた。
(もう少しっ‼ 頑張ってっ‼ 雄太くんっ‼ カームっ‼)
カームがグンッと抜け出し先頭に立った。その瞬間、大きな大きな歓声が上がる。
(カームっ‼ 雄太くんっ‼ そのまま行ってっ‼)
そのまま一着でゴールするかと思われたが、一頭の馬が並びかける。
ほぼ同時にゴール板を駆け抜けた。
(どっち……? カーム……。雄太くん……)
今まで何度も見てきた接戦。繰り返し流れるゴール前の映像にドキドキする。
写真判定が出るまでの時間が長く長く感じられる。
(こう言う時の時間って、どうしてこんなに遅く感じるんだろう……)
春香はジッと画面を見詰め続けていた。
しばらくして歓声が上がり、掲示板が映った。
(あぁ……。二着……)
電光掲示板に映し出されたのは、雄太とカームが二着と言う結果だった。
(うん……。それでも、雄太くんとカームは頑張ってたよね。雨の中、一生懸命走ってた。お疲れ様、雄太くん。お疲れ様、カーム)
残念ではあるが、いつも勝てる訳じゃない。どれだけ願っても、祈っても叶う訳じゃない。
春香は、精一杯頑張った雄太とカームの労をねぎらう。
(ん〜。惜しいな。後もう少しだったんだが……)
現地で見ていた直樹は、小さく息を吐いた。師走の寒さと雨の所為で冷えた空気に息が白くなる。
(次は頑張れ、雄太)
最終12Rに出走する雄太に、心の中で精一杯声援を送る。
そして、慎一郎が書いた垂れ幕の入ったビニール袋に手をやった。
(絶対に、これを見せてやらないとな。雨で見にくいかも知れんが……)
直樹は、12Rが始まるのを真剣な顔で待っていた。




