399話
里美は、直樹や慎一郎が帰った後、温タオルで春香の体を拭ってやっていた。
「はぁ〜。気持ち良いなぁ〜」
「そう? 良かったわ」
授乳が終われば少し眠りたい気持ちがあるのだが、やはり体を拭いてもらうとスッキリする。
子供の頃、熱を出した時にしてもらっていたのを思い出すと、里美の愛情を感じる。
「思ってたより汗かいたもんなぁ〜。真冬なのに」
「仕方ないわよ。暖房もかかってたしね」
「ねぇ。お母さんは、お風呂入らなくて大丈夫?」
「ふふふ。直樹がきてくれて、春香が寝てる間に家に帰ってお風呂入ってきたわよ」
里美に言われて、春香は気付いた。
「あ、そう言えば服が変わってる。私、寝不足でボンヤリしてるのかも」
「仕方ないわよ。ほぼ徹夜だったんだしね」
「うん。お母さんにはいっぱい助けてもらったし、何か恩返しするね」
春香が笑いながら言うと、里美はニッコリと笑った。
「そんな事は考えなくて良いのよ。春香が笑って暮らしてくれれば、私は何よりだって思ってるから」
「ありがとう、お母さん」
「はい、おしまい。タオル片付けたらご飯にしましょ」
「うん」
直樹の実家の病院だと言う事もあって、特別に里美の食事も用意されている。
重幸にしてみれば里美は弟嫁であり、溺愛している春香の養母なのだから、里美への特別扱いも当然なのだ。
夕飯の少し前、直樹と重幸の父が病室を訪ねてきた。おそらく重幸には内緒のようで、周りをキョロキョロと見回しながら病室にこっそりと入ってきて春香と里美を驚かせた。
「え? おじいちゃん?」
「お……お義父さんっ⁉」
その後、授乳の為に新生児室に行く春香に、赤ん坊を連れてきてくれと無茶なお願いをして呆れさせた。
婦長は、重幸の職権乱用で慣れているのか新生児ベッドを病室に運ぶ事を了承してくれ、病室に戻ると写真を撮りまくり、延々と抱っこをしていた。
(忘れてたわ……。お義父さんがひ孫がどうとか言ってたのを、お義兄さんが止めてた事……)
何人もの孫がいるが、春香の産んだのは初ひ孫にあたる。余程嬉しかったのだろう。直樹や慎一郎がいたらドン引きするかも知れないぐらいにメロメロだった。
直樹と里美の子供が亡くなった時は号泣したぐらいの子供好きな義父だったから、里美はひ孫を抱かせてやれた事が嬉しかった。
「おじいちゃん……舞い上がってたね……」
「そうね……」
夕飯を食べながら、春香と里美は苦笑いを浮かべていた。
「おじいちゃんも、私を養女にするの反対だったんだよね?」
「え? あ……知ってたの?」
直樹と里美が子供を亡くし、まだその心の傷が癒えていないのに、訳アリの大きな子供を引き取ると言い出したのだから仕方がない事だった。
まだ子供が出来る歳だろうと言われたが、泣きそうな目で直樹と里美を見詰め、寝る時に里美の手をギュッと握っている春香が愛おしかった。
夜中に飛び起きて泣いているのを抱き締めた中学生とは思えない小さな体が母性本能と保護欲を刺激した。
『お……かあ……さん』
恐る恐る発せられた言葉に涙が出た。
「うん。反対する気持ちも仕方ないって思ってたんだよね。でも、私はお父さんとお母さんといたいって思ってたから、おじいちゃんの気持ちに気づかないふりしてたの。おばあちゃんが今も、私の事を認めてくれてないのも知ってる……」
「そうだったのね……」
直樹と重幸の母は、体面を気にし過ぎる人で、今も春香を直樹の子供であると認めてもいないし、養女になる前に一度会ったきり顔を合わせてはいない。
だから、雄太との結婚式にも祖父母は招待出来なかった。
招待した処で『ギャンブルに関わる男との結婚式など行かない』と言われるのが分かっていたから、直樹も『招待状だけでも出したら?』とは言わなかった。
「いつか、おばあちゃんとも仲良く出来たらな」
「そうね」
かなり難しい事かも知れないが、それでも『いつかは』と直樹も里美も思っていた。




