398話
全てのレースを終えた雄太と純也は調整ルームに戻った。
「雄太。明日は頑張れよ」
「ああ」
有馬記念は、純也が憧れているレースだ。いつか、一着でゴール板を駆け抜けるんだと何度も言っている。
「来年こそ、有馬に出て優勝したいんだよな。だから、今年は雄太に頑張ってきて欲しいんだ」
「そうだな。来年は一緒に出られたら良いな」
「おう。あ、そうだ。雄太に訊きたい事があったんだよ」
「ん? 何?」
雄太は、着替えた服などをバッグに詰めながら訊ねる。
「おっちゃんさ、何かおかしくなかったか?」
「へ? 父さんが……か?」
雄太は、手を止めて少し上を向きながら考える。
「ちょっと眠そうとは思ったけど……。おかしいって程の何かあったっけ?」
「雄太が変だって思わなかったって事は、俺の気の所為かなぁ……?」
「どんな感じだったんだよ?」
「何か、雄太をジッと見ててさ。で、何か言いたそうにしてたんだよな。それが、何回もあったんだよ」
雄太は一生懸命思い出そうとするが、今日は慎一郎の所の馬は、7Rの一頭だけだったから、それ以外の時に慎一郎を見ていた訳ではなかったので思い出せないでいる。
「ん〜。そんな感じしなかったけどなぁ……」
「そっか? 俺、おっちゃんトコの馬、二頭乗らせてもらったけど、そん時に何か変だなぁ〜って思ったんだよな」
「父さんがなぁ……」
慎一郎が調教師として仕事をしている時に、集中していない事があっただろうかと考えてみた。
(俺が父さんの所の馬に乗ってなかった時の事だろ……? ん〜。俺、乗ってる馬の事しか考えてないからなぁ……)
実際、雄太は慎一郎を気にしていないだけでなく、春香の事ですら思い出す事はない。慎一郎の様子を見てもないのだろう。
他人からすれば『馬の事だけ考えている薄情者』と言われそうだけれど、雄太の集中力は半端ない。
実際、騎乗馬の事とレースの展開などが第一で、同じレースに出る馬の様子などを見ているが、調教師の様子は見ていない。
「ま、何かあったらレース終わったら言うはずだろうしな。何も言わずに帰ったんなら、ソルの気の所為だったのかも知れないぞ?」
「そっか。そう言われたらそうだよな」
純也はたたんでいる布団を背もたれにして、グッと体を伸ばした。
「俺が出たら、ソルは自分の部屋に戻るんだろ? 布団とか運んでしまえよ?」
「え? あ〜。そうだな。面倒だけど、運んじまうか」
部屋の主である雄太が中山に移動するならば、布団を持ち込んでいる純也は、純也にあてられた部屋に戻るべきである。
持ち込んだ布団一式を運ぶのが面倒だと言うのは分からなくもないが、そもそも自分の部屋で寝起きしないのが悪いのだと、鈴掛や梅野に言われても純也は雄太の部屋に入り浸るのが当たり前になっている。
「面倒って。俺、もう行くぞ? 新幹線の時間が迫ってるからな」
「了解〜。んじゃ、明日頑張れ」
「サンキュ」
中学生の頃から、二人の間では当たり前になっている拳を当てる仕草をする。
新幹線に乗ってからも、純也が言っていた事を思い出していた。
(父さんが、俺を見て……か? ん〜? 何かあったっけ? 騎乗馬の事で何かあるなら、パドックとかでも言うだろうしな?)
色々と考えてみるが、分からなかった。
慎一郎も騎手鷹羽雄太と接する時は、調教師鷹羽慎一郎として接しているから、雑談する事は殆どない。
雄太と慎一郎は似た者親子なのだろう。
(春香に何かあったっ⁉ けど、予定日は、まだ一週間先だし……。何より、春香に何かあったなら言うよな?)
純也は『何か、雄太をジッと見ててさ。で、何か言いたそうにしてたんだよな。それが、何回もあったんだよ』と言っていた。
(ん〜。春香と険悪な仲ならまだしも、今はそんな事はないしなぁ……)
春香の作るオカズの数々をニマニマと笑いながら食べている慎一郎が、春香に何かあったら言わない訳がないと思いながら、中山競馬場の調整ルームに入った。




