3話
鈴掛は運転席側に回り込むと振り向きながら声を掛ける。
「雄太ゆっくりだぞ? 慌てるな」
雄太は頷き、純也に支えられながら ゆっくりとシートに座った。
(何で……何で……今……)
騎手になる夢。
子供の頃からの夢。
その夢を叶える為に、三年間競馬学校騎手課程で技術を磨いた。
他の生徒が遊びに出掛けても 一心にトレーニングに励んだ。
憧れの騎手になる為に。
(何で……。頼む……五日……それくらいで完治しないと初騎乗が……。たくさんの人に迷惑を掛ける……)
病院で診察を受けると雄太の願いは 脆くも打ち砕かれた。
「全治一ヶ月って処ですね」
冷静な医師の声に握った拳が震える。
(全治……一ヶ月……。治ってから筋トレして……騎乗依頼貰って……。俺のデビューはいつになる……?)
診察室から待合室に移動し、茫然と車椅子に座っていると、父の慎一郎がかけつけた。
「雄太」
顔を上げた息子の青ざめた顔で良くない状況だと理解した。
「と……う……さん……」
「とりあえず会計を済ませるから待ってろ」
雄太は力なく頷いた。
慎一郎が会計に向かうと、鈴掛が その後に続く。
「雄太の足……全治一ヶ月だそうです」
「全治一ヶ月……か……。鈴掛、手間掛けたな」
慎一郎は礼を言いながら振り返りチラリと雄太を見る。
純也が話し掛けているが、心此処にあらずといった感じで頷いているだけだった。
「たまたま車で通り掛かったんで……」
人によってはたった一ヶ月かも知れない。
骨折でなかっただけ良かったかも知れない。
しかし雄太が初騎乗に向けてどれだけの思いでいたかを知っている慎一郎も鈴掛も『たかが一ヶ月』とは言えない。
勿論 一生懸命話し掛けている純也も……。