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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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395話


「春……」

「春香さん……」


 少し時間をおいて、直樹と慎一郎は分娩室に入った。


「無事産まれました。元気な男の子です」


 若干、声が枯れている春香がニッコリと笑いながら、真っ白な産着うぶぎを着ている赤ん坊を抱いていた。


「あぁ……。お疲れ様、春香さん」

「よく頑張ったな、春」


 二人共、目を潤ませながら産まれたばかりの小さな赤ん坊を見ている。


「ああ……可愛いな。目元は春香さんだろうか……?」

「鼻から口にかけては雄太だな」


 二人は驚かせないように、小さな声で話しかけながら、そっと指先で赤ん坊の手に触れる。


「こんなに……愛おしいんだな、孫と言うのは……」

「ええ……。宝物……ですね」


 里美と理保は顔を見合わせる。


「抱っこしないの?」

「抱かせていただいたら?」


 二人にそう言われて、直樹達はビクリと体を震わせる。


「え……あ……。その……良いのだろうか?」


 慎一郎が恐る恐るといった感じで訊ねた。春香はニッコリと笑う。


「お義父さん。雄太くんの代わりに抱っこしてやってください」

「雄太の……代わり……」

「はい」

「わ……分かった……」


 そっと手を差し出した慎一郎の腕に、小さな赤ん坊を差し出す。


「首を腕で支えてくださいよ、あなた」

「ああ……」


 理保に手を添えられながら、慎一郎は赤ん坊を抱っこした。雄太が産まれた時以来の抱っこに心臓はバクバクとしていた。


「本当に……小さくて軽いな。雄太もこんなだったか……? あの頃は忙しくて、あまり抱いてやった覚えがないな……」

「そうですね。でも、それがあなたの選んだ仕事でしたから」


 春香は、慎一郎と理保の姿に、雄太が産まれた当時の二人はこんな風だったかと思い胸が熱くなった。


「お義父さんとお義母さんにお願いがあるんです」

「ん? 何だね?」

「あら? なにかしら?」

「この子が産まれた事を雄太くんに知らせないで欲しいんです」


 春香の申し出に二人は目を丸くした。


「知らせるのは、日曜日のレースが全部終わってからにしたいんです。雄太くんなら大丈夫だとは思うんですが、少しでも気を散らせたくないんです。もし、知らせて落馬したりしたら、私は一生後悔すると思うんです。だから……」

「そうか……。春香さんがそう言うなら、日曜日のレースが終わるまで黙っていよう」

「分かったわ。雄太を思っての事なら、そうするわね」


 初産ういざんと言うのに、夫である雄太はここには居ない。心細い出産であっただろうと思うのに、雄太の身を案じている春香の強さに、慎一郎も理保も感心していた。


「それなら、明日……じゃなく今日の阪神に遅刻する訳にはいかないな。名残惜しいが、帰って寝ないと」


 調教師鷹羽慎一郎の顔になった慎一郎は腕の中の宝物まごの顔を眺める。


「はい。それと、お義父さんには、もう一つお願いしたい事があるので、レースが終わったら、また来ていただけますか?」

「そりゃ来るさ。で、お願い事とは?」


 春香の説明に頷くと、慎一郎は直樹に赤ん坊を手渡した。


「では、後はよろしくお願いします。じゃあ、春香さん。また夕方に」

「春香さん。眠れる時に寝てちょうだいね」


 二人は、何度も振り返りながら帰宅した。


「お父さん。孫の抱き心地は?」

「え? あ……うん。何か……夢を見てるようだ」


 春香に訊かれて、直樹はガチガチに緊張しているようだった。


「あんまり緊張したら、それが伝わって泣いちゃうよ? リラックスして抱いてやってね?」

「そ……そうだな」


 直樹は深呼吸をして、赤ん坊の顔を見詰める。産まれたばかりで、まだ艶のある頬や握られたプニプニとした小さな手。


(この子は……確かに俺とは血の繋がりはない……。それでも、こんなに愛おしいんだ……。春の親は、どう思って産まれたばかりの春を抱いたのだろう……)


 まさに『人でなし』だったのだろうと思う。直樹は、この小さな生命いのちを雄太と春香と共に守っていきたいと強く強く思った。






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