表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

398/751

394話


 汗を滲ませ、痛みに堪えている姿を見ている慎一郎は、春香に庇われた時の事を思い出した。


(儂は、無力だな……。この子が儂の代わりに傷付いた時も、今も何もしてやれん……)

「子宮口の確認をします。男性の方は廊下の方へ」


 看護師に言われ、直樹と慎一郎は廊下へと出た。


「こう言う時、男親は無力ですね」

「え? あ……はい」


 長椅子に腰掛けた直樹に言われ、慎一郎は頷いた。


「えっと……奥様は随分と落ち着いてらっしゃるようですが……」

「え? ああ、里美は医師免許を持っていて、現役の医者です」

「そうでしたか。てっきり、マッサージの方だとばかり」

「俺も里美も、ここの非常勤の医者です。交代で勤務してるんですよ。俺は、整形外科医として勤務していたんですが、病院だと患者の治療に限界があると思ってしまって……。当時、恋人関係だった里美に話したら同じように思ってくれて。なら、根本的な治療が出来るにはどうするかと話し合って、マッサージの店を始めたんです」


 直樹は兄の重幸や父に、病院を継がないと言いマッサージ店をやる事にしたが、湿布等も医療行為とされていた為に非常勤の医師として、勤務をしながら開業をした。


 結婚をすると決めた時、里美は退職するつもりであったが、直樹がいない時に医療行為をしなければならない事を考え、今も医師として勤務している。


「春香さんは、そんなお二人の背中を見て育った訳ですか……。道理で頑張り屋ですな」

「元々、一生懸命な子でしたから」


 スッとドアが開いて、理保が顔を出した。


「分娩室に移動するようですよ」

「ああ。もうそんなにですか」


 直樹は立ち上がり、分娩準備室を覗く。中では、春香がタオルで汗を拭っていた。


「春、頑張れよ」

「春香さん、頑張ってくれ」

「はい……。頑張ります」


 直樹と慎一郎に声をかけられ、春香は笑いながら答えた。


 ゆっくりと里美の手を借りて春香はベッドから降りる。


 直樹達に、もう一度笑いかけると、春香と里美と理保は分娩室に入った。


「とりあえず……待ちますか……」

「後は、無事を祈るだけ……ですな」

「ええ」


 直樹、慎一郎は廊下の長椅子へ腰掛けた。


 ドア越しに、苦しそうな春香の声が聞こえてくる。


「ううっ‼ はぁっ‼」

(春……頑張れっ‼)


 母子の無事を祈りながら待つしかなかった。




 絶え間なく押し寄せる痛みに、言葉すら上手く発せられなくなっていた。


(腰が……取れそう……。雄太……くん……)

「春香、もう頭が見えてきてるわ。落ち着いて呼吸するのよ?」

「春香さん、大丈夫よ」

「うぅ……」


 里美が汗を拭ってくれる。理保は、落ちそうになるカードケースを胸元に置いてくれる。


「皆が、待ってくれているわ。大丈夫。雄太も一緒よ」

(雄太くん……。雄太くん……。頑張るよ……。あなたとの……大切な……あなたの……)


 『春香。春香、大好きだ』


 雄太の笑顔と声が力をくれる気がする。


(雄太くん……)

「次に陣痛がきたら、いきんでくださいね?」

「は……い……。あぁっ‼」





「フヤァ……フヤァ……」


 まだかまだかと何度も時計を見ていた直樹と慎一郎の耳に、分娩室から微かな声が聞こえた。


「「う……産まれたっ⁉」」


 直樹と慎一郎は立ち上がり、分娩室の方を見詰める。


「い……今のは……」

産声うぶごえ……でしたな……?」


 ドキドキとしながら、ジッと見ていた分娩室のドアが開いて、里美が顔を出した。


「無事、産まれたわ。元気な元気な男の子よ」

「男の子……」


 里美の言葉に慎一郎は呟き、直樹はヘナヘナと床に座り込んだ。


「もう、直樹ったら。しっかりしてよね、お爺ちゃん」

「あは……あはは……。力が……抜けて……」

「今、縫合ほうごうしてますから。もう少し待っててください」


 里美に言われ、慎一郎は頷いた。その目には光るものがあった。


 

 1989年12月23日


 鷹羽雄太と春香の第一子である元気な男の子が誕生した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ