387話
家具が少なくなった状態だと、春香のマンションは、かなり広く感じた。
(初めて入った時から広いなって思ってたけど、家具家電が少ないとメチャクチャ広いぞ)
結婚した時、雄太との家に持って行かなかったメタルラックやVIPルームで使っていた棚等でしばらく生活するには十分だと言えるようになった。
「布団敷いたぞ」
「ありがとう」
早目に夕飯を食べ、二人並んで布団に入ると、どこであっても春香と一緒にいられる事が雄太は幸せなのだと感じた。
雄太が蹴飛ばさないようにと、少し離して敷いた布団から手を出して、お互いの手を握る。
「俺、幸せだよ」
「急にどうしたの?」
「もう直ぐ父親デビューするんだって思ったら、嬉しくなったんだ」
「あぁ〜。産科の先生も言ってたよ。女は子供が出来たら母親になった気持ちになるけど、男の人は実感がないから、父親デビューは産まれてからだよって」
雄太は、春香の方を眺める。掛け布団があっても目立つようになった腹が、出産が近いと言っているように思える。
「そうなんだよな。確かに腹に手を当ててポコポコを感じたりすると、『父親だぁ〜っ‼』って感じはするけど、いつもじゃないし」
「でも、雄太くんは父親っぽいと思うよ?」
「そうか?」
薄明かりの中で笑っている春香を見詰める。
「うん。ちゃんと私のフォローもしてくれてるし。何よりお父さんに似てきた気がするの」
「お義父さんに?」
夕飯を食べ終わった頃、エアコンの暖房だけだと寒いかも知れないと、店で使っているガスファンヒーターの一台を持ってきた直樹を思い出す。
その後、春香に肩叩きをしてもらい、満面の笑みを浮かべていた姿は、娘が可愛くて仕方がない父親そのものだった。
(お義父さん達は、春香と出会う前に子供を亡くしたって言ってたよな……)
直樹自身が、春香に亡くなった子供を重ねていたかも知れないと悩んだ事があったと言っていた。
それでも、春香を引き取り育ててきたのは間違ってなかったと力強く断言していた。
「春は亡くした子供の代わりじゃない。春は春なんだ。この先、俺と里美の間に子供が出来ても、俺達は春の親であり、大切に思う気持ちは変わらないよ」
雄太の誕生日を祝う席で、眠りこけた春香を見ながら言っていた直樹を、本当に春香の父親だとしか思えないと感じていた。
「お父さんに似るのは良いけど、過保護にならないでね?」
「どうだろ? 週末になるといなくなる父親だしな。平日は甘やかしてしまうかも知れないぞ?」
「それ、ありそうだなぁ〜。仕方ない。私がしっかり手綱を締めないと駄目だね」
春香がギュッと握った手に力を入
れる。
「ははは。そうじゃないと我が儘に育つだろうし頼むよ」
「任せて」
可愛い見かけで、歳より若く見えるが、しっかりとしている部分も充分にある春香を頼もしいと思う。
「まぁ、甘やかすのは爺ちゃん婆ちゃんになるだろうな。過剰にならないように監視しなきゃ駄目だし、俺は、甘やかせないかも」
「うん」
直樹達も慎一郎達も、甘々になりそうだと雄太は思っている。一応、釘は刺しておいたが、いざ孫が産まれたらどうなるか分からない。
「そうだ。今度の月曜日は新居を見に行くついでにデートしようか? そのお腹じゃ遠出は出来ないけど」
「うんっ‼」
少しずつ完成に近付いている新居の様子を見に行くと、ワクワクが高まる。
内装だけでなく、外構の工事も始まっていて、後少しで完成する。
「この子が産まれて、栗東に帰る頃には完成してると思うんだよな」
「そうだね〜。新築の家で子育てかぁ〜。私は、恵まれてるって思うよ」
「俺もだな」
子供の頃から何不自由なく育ち、夢であった騎手にもなれた。初戦は勝つ事は出来なかったが、その後、勝利を積み重ね、複数の最年少記録も作れた。多少の紆余曲折はあったが、愛する人と結婚をし、もう直ぐ子供も産まれる。
これが幸せと思えなければ罰当たりだよなと思いながら雄太は眠りについた。




