384話
11月28日(火曜日)
雄太と春香の初めての結婚記念日。
(昨日でも良かったんだけど、やっぱり当日にしたかったんだよな)
普段、自転車で調教に行っている雄太だが、花束と注文していたケーキを取りに行きたいので、車で出勤していた。
花束を買い、ケーキを受け取り自宅に向かって車を走らせる。
(そう言えば、俺が春香以外で花を贈った事って……母さんぐらいか?)
母の日の赤いカーネーションを小学生の時に贈ったのが最後ではないかと思った。
中学生ともなると恥ずかしさが勝ち、花を買う事をしなくなった。
(結婚式のは違うし、たまには母さんにも花を贈るかな? 父さんは……花より酒……だよな)
そんな事を考えながら、自宅に戻った。
「ただいま、春香」
「雄太くん、おかえりなさい」
玄関を開けると満面の笑みで出迎えてくれる春香に花束を差し出す。
「うわぁ……。綺麗……」
「結婚記念日って、何て言って良いか分からないけど……。俺と結婚してくれてありがとう」
「雄太くん……。私の方がありがとうだよ」
春香の目に涙が浮かぶ。
「とりあえず、リビングに行こう。玄関は冷えるから」
「うん」
泣き笑いしている春香にただいまのキスをしてリビングに向かった。
テーブルの上には『いつもありがとう』と書かれたメッセージチョコが乗っているイチゴのケーキ。綺麗に生けられた花。雄太のリクエストの料理が並ぶ。
シャンパンではなく、炭酸飲料で乾杯をする。
「何かあっという間に一年……だな」
「うん。雄太くんが菊花賞優勝してプロポーズしてもらって、祝勝会で婚約発表して、入籍した時に会見して、結婚式の生中継して……。私、こんな人生想像もしてなかったよ」
「俺もだ。G1獲ったらプロポーズするぞって思ってたけど、正直言って後の事はちゃんと決めてなかったんだよな」
慎一郎をはじめ、交際すら反対していた調教師達の存在があり、それを突破する事しか考えられてなかったのを思い出す。
『決めてなかった』と言うより『決められなかった』と言う方が正解かも知れない。
そう思いながら、春香の左手の薬指を見詰める。結婚式で指輪の交換ではめた結婚指輪。雄太の指輪は、ネックレスに通してある。
「手綱に引っかかるかもだし、傷だらけになるのも嫌だし……。着けたり外したりしてたら失くしそうで嫌なんですよね……」
リングピローを作ってくれた鞍のメーカーの営業とそう言う話しをした。
「なら、革でネックレスを作ると言うのはどうでしょう? 革なら指輪に傷も付き難いですし、レース中はインナーの中に入れておけば良いですから。お風呂はさすがに外す事になりますけど、指輪だけで置いておくより失くす可能性は低くなりませんか? 細目の革を四つ組って編み方で編むと簡単には切れませんし、二色で……例えば黒と茶だと色目も綺麗かと」
試作品を作ってもらった雄太は気に入り、結婚式の後からネックレスに指輪を通して身に着けているのだ。
(春香と結婚出来て良かったな……)
雄太は笑って、春香に小さな箱を差し出した。
「今日までありがとうって気持ちと、これからもよろしくのプレゼントだ」
「ありがとう。開けても良い?」
「ああ。勿論」
箱の中にあったのは、淡水真珠のイヤリング。
「可愛い〜」
「また祝勝会とかパーティーとかに出る事もあるって思って、さ」
「ありがとう、雄太くん。早く、これ着けたいな」
春香は、そう言って耳にイヤリングを着けてみせた。
「似合うよ」
「ありがとう。じゃあ、私からはこれを」
春香が長方形の包みを雄太の前に置いた。包装紙の中から現れたのは木の箱。蓋を開けるとワインが入っていた。
「これ……俺の生まれ年のっ⁉」
「そう。記念にって思って」
ラベルには『1969年』と書いてある。
「ありがとう。春香が呑めるようになったら一緒に呑もうな?」
「うん。楽しみだね」
雄太はそっと抱き締めてキスをした。




