383話
木々が赤や黄色に染まりつつある山々を眺めながら、雄太は自宅への道を急いでいた。
(G1が続けば、春香にも精神的な負担が増すんだよな。たまには、春香孝行しないとな〜)
デートをしたいと思いながらも出来ていないし、ゆっくり話す時間も減ってしまっているのだ。
(そりゃ、結婚して一緒にいる時間は増えてるけど、もっともっとって思っちゃうんだよな。付き合った記念日も忘れちゃってたし……。まぁ、春香はそう言うのを催促しないんだけどさ)
妊娠中と言うのもあり、気付けば過ぎてしまっていた。結婚記念日だけは忘れたくないと思って色々考えてはいる。
「ただいま、春香」
「おかえりなさい。今日は早いね?」
「ああ。たまには春香と散歩しようと思って、早目に切り上げてきたんだ」
「本当? じゃあ、準備するね」
ただの散歩なのに、いそいそと嬉しそうに準備をする春香が愛おしい。日暮れが早くなっているから、そんなに長く外にいる事も出来ないが、建築中の新居を見に行き、喫茶店でお茶をしようと考えていた。
「お待たせ」
「じゃあ、行こうか」
元々、厚着が好きではない春香だったが、冷やさないようにと言われてからは、防寒には気を付けるようになった。
特に足元は冷やさないようにと、雄太が買ってくれたブーツがお気に入りだ。
手を繋いでゆっくりと歩き出す。
「今日もさ、春香のお腹の子は男の子か女の子かって訊かれたんだよな」
「やっぱり皆さん気になるんだねぇ〜」
結婚式の時に『内緒』だと言ったのに、様々な人達から訊かれる。
「父さんと俺で二世代続いてだし、三代目を期待してるのは分かるけどな。けど、俺は父さんに騎手になるように言われてなった訳じゃないんだよなぁ〜」
「お義母さんも、その話はしてらしたよ。『子供には子供の人生があるから、騎手になるように言った事はなかったから、乗馬を習いたいって言ってきた時は、驚いたのよ』って」
慎一郎の仕事を見ていたから、競馬と言うものは身近ではあった。レースを見て格好良いと思ってはいる様子は分かっていたが、騎手の大変さを見ていたから『騎手になりたい』とは言わないのではないかと思っていたのだと話していた。
「騎手や調教師の子供でも、競馬とは関係ない仕事に就いてる人達も多いのにな」
「うん。何日か前にも、家に記者の方がいらして話したんだけど、やっぱり性別と将来の事は気になるみたいだったなぁ〜」
(マスコミには、自宅に行かないで欲しいって言ったんだけどなぁ……)
普段は自宅に行く事もないだろうマスコミも、やはり産まれてくる子の性別は気になるらしく、雄太も何度も訊かれていた。
春香も段々と記者のあしらい方を覚えたようで、上手くやっていて安心だが、また釘を刺しておかないとと雄太は考えていた。
「家らしくなってきたね」
「ん? ああ、そうだな」
春香が建築中の家を指差す。広い敷地に順調に建てられていっている新居を見てホッとする。
「俺さ、昔ながらの一国一城の主とか古臭いって思ってたけど、今は分かる気がするよ」
「ふふふ。雄太くんに相応しいお城にしたいよね〜」
「笑顔と笑い声が絶えない城にしないとな」
「うん」
二人の拘りと夢が詰まった新居の完成は来年一月の予定だ。
防犯面をしっかり考えた造りは、雄太の譲れない部分であった。当初、風呂の拘りだけを伝えていたが、今や最新の防犯対策を取り入れた家になっている。
「月城さんが送ってくれたモミの木は庭に植えるのか?」
「庭に植えたら、物凄く大きくなりそうだよねぇ〜」
「シンボルツリーみたいで良いんじゃないか?」
「うん」
昨年、馬主の月城の贈り物のモミの木は、大切に世話をしていて、きちんと剪定をしたからか少し大きくなった程度だった。
「色んな楽しみがあるよな」
「考えてるだけでもワクワクするね」
「ああ」
雄太と春香は少し遠回りして、喫茶店で夕飯を済ませた。
それだけでも春香は嬉しかったらしく、始終笑顔だった。




