377話
結婚式を無事に終えた雄太は、翌日から気合いを入れて調教やトレーニングに励んでいた。
騎乗依頼も増え、断らなければならない事が更に多くなり、乗鞍の選択に悩んでいた。
(ん〜。こう言うのを嬉しい悲鳴って言うのかなぁ……。三場開催だから余計に断る方が多いんだよな)
週末には京都大賞典が控えている。今回は、カームとのコンビで出場する事になった。
春香と付き合う事が出来るようになった勝利を獲れた京都大賞典。
(気合い入れて頑張らなきゃな)
(そろそろ戻らなきゃ。雄太くんが帰ってくる頃だし)
春香は、日課となっている散歩をしていた。
「あ、春香」
「え? あ、健人くん」
名前を呼ばれ振り返ると、自転車に乗った健人がいた。
「ちょうど良かった。今、雄太兄ちゃんの家に行こうって思ってたんだ」
「家に? 雄太くんに用があったの?」
「違う。春香にだ」
健人は自転車を降りるとスタンドを立てて、ジャンパーのポケットに手を入れた。
「これ、春香にやる」
「私に?」
取り出したのは、小さな白い紙袋。受け取ってみると、雄太と初詣に行った神社の紙袋だった。
「お……俺の気持ちだ」
中に入っていたのはピンクの安産の御守り。健人は恥ずかしそうにそっぽを向く。
「ありがとう、健人くん」
「えっと……雄太兄ちゃんの赤ちゃんだからな。なぁ、生まれたら、俺にも見せてくれるか?」
「勿論。大きくなったら遊んであげてね」
「任せろ。あ、でも女の子だったら……」
大きく胸を張った後、少し戸惑ったふうになる健人に春香は笑顔になる。
「女の子でも遊んであげて欲しいな」
「俺、ママゴトとか出来ないぞ?」
「鬼ごっことか、かくれんぼとかで良いよ?」
「それなら良いけど」
「きっと、健人くんを『お兄ちゃん』って言ってついて行くと思うからよろしくね」
「お……お兄ちゃん……。し……仕方ないな」
『お兄ちゃん』と言う言葉に、健人の頬が赤くなる。憧れの雄太の子供に『お兄ちゃん』と言われる事を想像したのだろう。
「もし、この子が騎手になったら、健人くんは先輩になるね。その時もよろしくね」
「俺……お兄ちゃんで……先輩……。なぁ、腹触っても良いか?」
健人が、春香の腹を見ながらおずおずと言った。
「うん。良いよ」
春香が頷くと、そっと手を伸ばして優しく撫でる。
「俺は小園健人って言うんだ。元気で産まれてきてくれよな。待ってるからな?」
その時、健人の言葉に返事をするようにポコッと動いた。
「うわあっ‼ う……動いた……?」
「健人くんに『御守りありがとう。よろしくね、お兄ちゃん』って言ってるんだよ」
「そっかぁ……。うん、よろしくな」
健人は、はにかんだような笑顔で腹を撫で続けていた。
「え? 健人がか?」
「うん。御守りなんて、子供のお小遣いにしたら高いのに」
春香は御守りをそっと撫でながら言う。あの時、健人は一人で自転車で走っていた。と言う事は、健人は一人で神社に行き、自分のお小遣いで御守りを授けてもらったのだろう。
「そうか。あいつ、可愛い処あるんだな。春香の事を呼び捨てしてるクソ生意気なガキなのに」
「雄太くんたら。あ、御守りのお礼をしてあげたいんだよね。でね、お菓子はクリスマスにするから、他のが良いと思ってるんだぁ〜」
「ん? 何か良い物を考えてるのか?」
「うん。雄太くんの協力が必要なの」
「俺の?」
翌日、春香が言う『健人が喜んでくれて、雄太にしか出来ない物』を手に、小園の家を訪ねた。
運良く健人は学校から帰ってきたばかりで家にいた。
「雄太兄ちゃん」
「健人、御守りありがとうな。これな、俺と春香からのお礼だ」
雄太が差し出したのは、雄太が使っていた鞭とゴーグルだ。
「えぇっ⁉ い……良いのっ⁉」
「ああ」
「ありがとう、雄太兄ちゃんっ‼ 俺の宝物にするっ‼」
目をキラキラ輝かせ、雄太の物を喜ぶ処は春香に似ているなぁ〜と思った雄太だった。




