37話
春香は、雄太から受け取った二万円と提示した請求書をトレーに乗せ、再び VIPルームから出て行った。
梅野は施術用ベッドから降り靴を履くと、車椅子の座面に置いてあった雄太の靴下を手渡す。
「もう片方の靴下は持って来てんだろ? 履いとけよぉ~?」
「はい。ありがとうございます」
雄太は、梅野から受け取った靴下を履き、ポケットに入れていたもう片方の靴下も履いた。
梅野は、車椅子のハンドルから紙袋を取ると雄太に手渡す。
「格好良く渡せよぉ~?」
ニッコリと笑う梅野に、雄太は
「格好良くって。プレゼントじゃないんですから」
と言ったが、内心はドキドキしていた。
梅野は
「ふふ~ん」
と意味ありげに笑うと車椅子をたたんだ。
その時、カーテンの向こう側から直樹の困ったような声が聞こえた。
「おいっ‼ 春っ‼」
雄太と梅野は、何事かと顔を見合わせる。
「お待たせしま……あれ? どうかしました?」
春香がカーテンを開けると、施術台に座りながら振り向いている雄太と、出入口に向かって固まっている梅野の姿があった。
「今、直樹先生が何か言ってたみたいだけどぉ〜? 怒ってるような感じだったけど、何かあったのぉ〜?」
苦笑いを浮かべた梅野が、ポリポリと頬を右手の人差し指で掻きながら訊ねると、春香は ニッコリと笑った。
「あぁ~。気にしないでください。はい、鷹羽さん。明細書と領収書とお釣りです」
「あ、はい」
雄太は、トレーに乗せられた書類とお釣りの二千円を受け取り財布にしまった。
そして紙袋を差し出した。
「これ、受け取ってください」
「え? 私に……ですか?」
(何か物を頂くような事ってあったかな……?)
春香は少し悩み、チラリと梅野の方を見た。梅野は優しそうに微笑んで頷いていた。
『受け取ってやってくれ』の意味と理解して、春香は紙袋の手提げ紐に手を掛けた。
「昨日借りた膝掛けの代わりなんです。良かったら使ってください」
「あ……あれの? 安物なんだし気になさらなくて良かったんですよ? でも、せっかくだし頂きます。ありがとうございます。大切に使わせて頂きますね」
少し恥ずかしそうにしながら紙袋を差し出していた雄太は、春香が嬉しそうに受け取ってくれた事にホッとした。
(良かった……。市村さん、笑って受け取ってくれた……)
嬉しそうな春香の笑顔が社交辞令に思えなくて、雄太もつられて笑顔になった。




