375話
披露宴が始まり、複数のテレビカメラは雄太と春香だけでなく、人気騎手を映している。
カメラに気付いた梅野と純也がにこやかに手を振っている。テレビの画面を見ている女性ファンは喜んでいるだろう。
撮影をOKしてくれた馬主達はにこやかにインタビューに答え、雄太達に祝福の言葉を贈っていた。
仲人の辰野調教師夫妻も嬉しそうである。
「な……仲人っ⁉ わ……儂がか……?」
「調教師以外に、仲人をお願いする方がおかしいかと思うんですけど……?」
「調教師は、私達の事を見守ってくださっていたので、是非仲人をお願いしたいんですが……」
雄太と春香に揃ってお願いされた辰野はどうしたものかと悩んだ。共に訪れていた慎一郎をチラリと見る。
「儂が雄太の仲人に……かぁ……?」
「辰野調教師よろしくお願いします。所属厩舎の調教師は親も同然ですから」
慎一郎にまでお願いされては断れずに、辰野は頷いたのだった。
「辰野調教師さ、緊張してるよな」
「そりゃそうですよぉ〜」
「競馬場で見る時より緊張してるっすよね」
鈴掛達三人は美味い酒と料理にホクホクしながら、披露宴を楽しんでいる。
「あぁ……。それにしても、春香ちゃん綺麗だな……」
「鈴掛さん、それ何回目ですかぁ〜?」
「マジ父親モードっすね」
いつものように梅野達にからかわれても、ウルウルとした目で春香を見詰めている。
芸能人の結婚式でよく見る背の高いド派手なケーキではなく、大きな長方形のウェディングケーキも雄太らしかった。ピンクのクリームで作ったバラとイチゴがたくさん乗っていた。
純也が目をキラキラさせて、ケーキ入刀を見詰めている。
「あれ、食えるヤツっすよね?」
「ああ。俺達でも食えるような甘さ控え目らしいぞぉ〜。俺の分は純也にやるからなぁ〜」
「マジっすか? 梅野さん、今日もイケメンっす」
梅野の言葉に純也が嬉しそうにガッツポーズをした。
馴れ初めのスライドショーは、初めてのデートの時の写真から始まった。
「あ、あれって梅野さんの盗撮写真っすね」
「純也ぁ〜。盗撮って人聞きが悪いって言ったろぉ〜? 俺、泣いちゃうよぉ〜?」
初デートで雄太が春香に乗馬を教えている写真を始め、あちこち出かけて撮影した写真。雄太の二十歳の誕生祝いやプロポーズをする事の決め手のカームと撮った写真。
入籍日、結婚して初めて迎えた正月、そして、写真館で撮ったマタニティフォト。
雄太と春香はニコニコと笑いながら話している。その姿を見て、直樹達はホッと息を吐いた。
「なぁ、里美。春を引き取って、あの子の心の闇が深いと改めて思った時は、こんな日が来るなんて想像も出来なかったな」
「そうね……。本当に良かったわ。初恋の人と結ばれたんてすもの」
マッサージ師として働き始め、実績を積み、信頼を得て顧客となった財界の大物や馬主達が、直樹や重幸と同じように目を赤くし、笑いながら拍手を送っている。
「なぁ、理保。今日は、雄太がやけに大人に見えるな」
「そうですね。まだまだ子供だと言う歳に結婚をしたいなんて言い出すなんて、想像もしてませんでしたよね」
「結婚するんだなんて子供の戯言だと思ったのに、G1は獲るし、プロポーズしたと言うなんてな」
ムキになっているだけだとタカを括っていた慎一郎は、凛々しい顔をして座っている雄太を見る。
春香と結婚をしてからもG1も獲り、勝鞍を積み上げている。
(雄太は楽々と儂を越えていくのだろうな)
今や春香の作る惣菜が届くのを心待ちにしているのだから、おかしなものだと慎一郎は思い、雄太の隣で笑っている春香を見る。
「本当に良い嫁をもらったな」
「ふふふ。もう直ぐ、孫にも会えますしね」
「楽しみだなぁ〜。男でも女でも良いぞ。元気で生まれてくれたら嬉しいな」
ふっくらとした春香の腹を見詰めていると、孫を心待ちにしている自分に気付き、グイッと日本酒を飲み干し笑った。




